第4回 原告適格の基礎(その1)

前回までのふりかえり

 当連載では、第1回から第3回まで、処分性(抗告訴訟の対象性)の問題を共通の切り口にしながら、行政法のスキルを学ぶための「指針」、判例による解釈枠組みの整理、実践として予備試験問題の検討を、ひとつのパッケージとして提示しました。

 執筆してみて、ブログ連載の特性を活かすには、図表を活用した記述を心がけるとよい、との気付きがありました。このことに留意しつつ、第4回から、取消訴訟の原告適格を取り上げます。原告適格は、行政法の代表的な論点であり、行政法の判例を学ぶ「楽しさ」を実感しやすい領域です。当連載では、行政法解釈の基礎(仕組み解釈の方法)を学ぶという観点から、行政処分の相手方でない第三者の原告適格の問題に絞って、検討を進めます。

 

原告適格とは?

 前回まで扱ってきた処分性は、抗告訴訟(行政事件訴訟法3条1項)の対象となる行政処分を画する解釈問題でした。取消訴訟の原告適格とは、行政処分の取消しを求める訴え(取消訴訟)において、誰が●●訴えを提起できるか、という原告の資格(取消訴訟を提起する資格)の問題です。

 日本の裁判制度上、行政処分に何らかの不満があれば、誰でも司法のチェックを求めることができるわけではありません。訴えを提起するには「訴えの利益」が必要であり、取消訴訟であれば、争いの対象である行政処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」に限って、当該取消訴訟を提起できます(同法9条1項)。これが、取消訴訟の原告適格と呼ばれる論点です。この論点が現われる典型が、行政処分の相手方以外の者につき原告適格の有無が争われる、という紛争パターンです。

 以下、この紛争パターンを図にしてみましょう。

f:id:koubundou2:20210608121625j:plain

 原発訴訟をイメージしてみましょう。*1Aは電力会社、Bは原発に反対する周辺住民です。AとBの間には、原発の稼働をめぐって紛争があります。他方で、Aは、原発の設置や稼働について、法律(原子炉等規制法)に基づき、国(原子力規制委員会)から、行政処分(許可や認可)を受けています。Bとしては、これらの行政処分を裁判で取り消すことができれば、原発の稼働を止めることができます。Aからみると、自分が国の行政機関から原発の稼働に必要な行政処分を受けたのに、他人から「横やり」を入れられるかたちで取消訴訟が提起される事態、ということです。

 上記の紛争パターンで、Bに原告適格(取消訴訟を提起する資格)が認められるか(行政処分の取消しを求める法律上の利益を有する者であるか)、解釈問題となります。Bに原告適格が認められれば、Bは、Aに対する行政処分の「違法」を裁判で争うことができます。原告適格が否定されれば、訴訟要件が満たされず、訴えは却下されるでしょう。

 図のような紛争状況は、行政処分が直接の規制対象以外の第三者の利害関係に関わるケース(三面関係)で生じます。また、行政処分が相手方にメリットをもたらす場合(授益的処分)について、第三者が取消しを争うケースが普通でしょう。要するに、行政処分が複雑な利害調整機能を果たすケースにおいて、誰がその行政処分を裁判により争うことができるか、という問題です。

 一般的な説明は以上のようになりますが、行政法の解釈技術を学ぶため、少し違った整理が必要ではないか、と感じます。以下、もうひとつの図を示します。

f:id:koubundou2:20210608121710j:plain

 こちらの図は、「法律による行政」の原理に照らし、行政処分の根拠規範である法律・条例が、行政機関(この場合は行政処分をする行政庁)の行為規範であることに着目して、第三者の原告適格の問題状況を示しています。

 先ほどの原発訴訟の例を考えると、原子炉等規制法に基づく原発稼働の許可・認可が、周辺住民の権利・利益を侵害すると解釈できれば、周辺住民は抗告訴訟により当該許可・認可の取消しを請求することができる、すなわち、原告適格が認められます。

 ちなみに、もんじゅ訴訟(行政判例ノート17-4。原子炉の設置許可が争われています)について、事件当時の原子炉等規制法の条文を掲げてきます。

23条① 原子炉を設置しようとする者は、次の各号に掲げる原子炉の区分に応じ、政令で定めるところにより、内閣総理大臣、通商産業大臣又は運輸大臣(以下この章において「主務大臣」という)の許可を受けなければならない。(以下略)
24条① 主務大臣は、第23条第1項の許可の申請があった場合においては、その申請が次の各号に適合していると認めるときでなければ、同項の許可をしてはならない。(中略)
 三 その者⋯⋯に原子炉を設置するために必要な技術的能力及び経理的基礎があ
  り、かつ、原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技術的能力があること。
 四 原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質⋯⋯、核燃料物質によつて汚染
  された物⋯⋯又は原子炉による災害の防災上支障がないものであること。(以下
  略)

 この条文を、「主務大臣」の行為規範として読み解くことは、当連載の読者の方は「勝手知ったる」ところでしょう。原子炉設置許可の処分要件である法24条1項3号・4号の規定について、周辺住民の生命・健康・財産等への危害を防止する趣旨を含んでいると解釈できれば、許可の取消しについて、周辺住民の原告適格を認める方向性が開かれます。

 

 上記のように、根拠規範(個別行政法)の解釈論として行政処分の取消しを求める「法律上の利益」が問題になりますが、その際、根拠法令の条文をいくら眺めても、係争処分が第三者にどのような法的効果を及ぼすか、明確に規定されているわけではありません。処分要件の充足により特定範囲の居住者に一定の受忍義務を課す、などと条文に書いているわけではありません。個別行政法は行為規範であり、裁判規範ではないからです。そのため、行政処分の相手方でない第三者の権利・利益にどのような影響を与えるか、判例の解釈枠組みという「補助線」を利用しつつ、個別行政法の解釈が必要になるのです。

 

法律上の利益を有する者

 ここまでの説明で、取消訴訟の原告適格の問題は、行為規範であるという行政法令の特質の現れであることに気付かれたでしょう。さらに、訴訟手続法(行政事件訴訟法)からのアプローチが必要なのは当然です。早速、行政事件訴訟法の条文をチェックしてみましょう。

9条① 処分の取消しの訴え及び裁決の取消しの訴え(以下「取消訴訟」という。)は、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者(処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)に限り、提起することができる。

 下線のように、行政事件訴訟法9条1項は、行政処分(処分+裁決)の取消訴訟の原告適格について、係争処分の取消しを求める「法律上の利益」を有する者に認められる、と定めます。この「法律上の利益」の解釈については、①法律上保護された利益説、②法的な保護に値する利益説、が対立しています。①説は、「法律上の利益」を当該行政処分の根拠法令が保護している利益とする一方、②説は、根拠規範たる法令にとらわれず、裁判所による救済の必要性があれば柔軟に原告適格を認めると主張します。②説は、行政処分によって「事実上の利益」が侵害された者であっても、取消訴訟を提起して争う資格(原告適格)を認める余地を残す、という考え方です。

 両説の違いは、行政処分の根拠規範にこだわるか(①説)、個々の紛争で生じている原告側の権利利益侵害の実態まで視野に収めるか(②説)にあります。再度、原発訴訟の例で考えるなら、係争処分の根拠法令が保護する利益か否かという「法令解釈」で結論を導くのか、原発で事故が生じた場合に受けるおそれがある被害まで視界に収めて解釈をするか、という相違になるでしょう。

 そもそも、判例・通説である①説に対して、原告適格を拡大しようとする②説が対抗するという構図がありました。しかし、①説の側が、原告が主張する被侵害利益の内容・性質・態様等を解釈に取り込み、具体的な紛争での権利利益侵害のあり方を解釈に反映させる工夫をしたため、②説との対立はかなりの程度まで相対化されています。

 以上を念頭に置きつつ、判例の採る法律上保護された利益説の中身について、もう少し詳しく検討しましょう。

 

判例の解釈枠組み

 条文の次は、判例の確認です。最判平成26年1月28日民集68巻1号49頁(行政判例ノート17-1A)を参照します。

 行政事件訴訟法9条1項にいう処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、「当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有する」。

 以上が、取消訴訟の原告適格を基礎付ける「法律上の利益」について、法律上保護された利益説を採る判例の解釈枠組みです。*2

 下線部から、行政処分によって「権利」または「法律上保護された利益」を侵害されるか、必然的に侵害されるおそれがあるなら、原告適格が肯定されることがわかります。原告適格が問題となるのは、大別して、Ⓐ行政処分の相手方(相手方か否かが問題となるケースを含む)、Ⓑ行政処分の相手方でない第三者、のケースがあります。当連載では、Ⓑの紛争パターンについて考察することは、最初に説明しました。「権利」侵害の有無という切り口についても、ここでは除外します。

 そこで、判例が、上記Ⓑの紛争パターンにおいてどのような解釈枠組みをとっているか、検討を進めましょう。私は、判例は、処分要件説というべき解釈枠組みによっている、と説明しています。*3以下の図を見てください。

f:id:koubundou2:20210608125651j:plain

 行政庁としては、行政処分をする際、相手方以外の者の様々な利益について考慮要素とすることを、その処分の根拠規範によって求められます。判例の採る法律上保護された利益説は、処分の相手方でない者が侵害されたと主張する利益(原告の主張する被侵害利益)が、その処分の根拠規範である法律・条例によって処分要件ないし考慮要素として定める利益といえるなら、原告適格を基礎付ける「法律上の利益」として認めます。根拠規範が係争処分の考慮要素とする利益は、係争処分により第三者に受忍を強いる(侵害する)利益であり、それが侵害されたと主張する者には取消訴訟を提起する資格がある、ということです。

 判例は基本的に上記の解釈枠組みに依拠していたのですが、最高裁は、この処分要件説に重大な制約を課します。この転機をもたらしたのが、主婦連ジュース訴訟に関する最高裁判決(最判昭和53年3月14日民集32巻2号211頁・行政判例ノート14-3)です。

 

公益か私益か?──主婦連ジュース訴訟

 主婦連ジュース訴訟とは、食品表示のあり方をめぐって、公正取引委員会が、景表法に基づき、社団法人日本果汁協会らに対してした公正競争規約認定処分を、消費者団体等が争った事案です。*4ここで、景表法(事件当時のもの)の条文を引用します(下線は筆者)。

1条 この法律は、商品及び役務の取引に関連する不当な景品類及び表示による顧客の誘引を防止するため、⋯⋯公正な競争を確保し、もって一般消費者の利益を保護することを目的とする。
10条② 公正取引委員会は、前項の協定又は協約(以下「公正競争規約」という。)が次の各号に適合すると認める場合でなければ、前項の認定をしてはならない。(中略)
 二 一般消費者及び関連事業者の利益を不当に害するおそれがないこと。(以下
  略)

 このように、法は、認定の要件として「一般消費者」の利益を明示し、目的規定にも「一般消費者の利益を保護する」と定めます。法律上保護された利益説=処分要件説に従うのであれば、係争処分について、根拠法令は、明らかに「一般消費者の利益」を考慮要素と定めています。しかし、最高裁は、上記の「一般消費者の利益」は、一般公益を保護する結果として生じる「反射的な利益」ないし「事実上の利益」であり、原告適格を基礎付けるものではない、という立場を採ります。次の図を見てください。

f:id:koubundou2:20210608130051j:plain

 最高裁は、係争処分の根拠法令が保護する利益にはA(個人的利益)とB(一般的公益)の二種類があり、Aのみが原告適格を基礎付けると判示しています。最高裁としては、Bにより取消訴訟の原告適格を基礎付けられるとするなら、事実上誰でも●●●(この場合、ジュースを購入する可能性がある以上誰でも)取消訴訟を提起できることになり、(立法ではなく)解釈で客観訴訟●●●●を認めることになってしまう、と懸念したのかもしれません。

 しかし、一般消費者を保護する趣旨で景表法が定められ、立法者により公正競争規約認定の仕組みと不服申立制度が構築されたにもかかわらず、その景表法の解釈により消費者団体が認定を争う資格が全く認められない、というのはいかにも奇妙です。また、判決文において、最高裁は、上記AとBについて、さまざまな言い回しで切り分けるのですが、結局のところ、私的利益の集合体が一般公益なのですから、AとBの区別があるとしても、その線引きは水掛け論●●●●ではないか、と私は考えます。

 この判決から4年半の後、最高裁は、新たな考え方を示します。引き続き、説明を続けましょう。

 

「個々人の個別的利益」の切り出し──長沼ナイキ基地訴訟

 最判昭和57年9月9日民集36巻9号1679頁(行政判例ノート17-2)は、農林水産大臣による森林法に基づく保安林指定解除処分について、保安林の伐採により洪水緩和・渇水予防の点で直接に影響を被る一定範囲の住民の原告適格を認める判断を示します。判決は、森林法の定める手続規定や、旧法からの沿革など、保安林指定・解除の仕組みを詳細に検討する部分を含んでいるのですが、第三者の原告適格の解釈枠組みの部分で、先行する主婦連ジュース訴訟判決とは重要な相違が見られます。

 長沼ナイキ基地訴訟の判決文は、以下のように説示します。

行政庁の処分が法律の規定に違反し、法の保護する公益を違法に侵害するものであっても、そこに包含される不特定多数者の個別的利益の侵害は単なる法の反射的利益の侵害にとどまり、かかる侵害を受けたにすぎない者は、右処分の取消しを求めるについて行政事件訴訟法9条に定める法律上の利益を有する者には該当しない⋯⋯⋯⋯他方、法律が、これらの利益を専ら右のような一般的公益の中に吸収解消せしめるにとどめず、これと並んで、それらの利益の全部又は一部につきそれが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとすることももとより可能であ(る。)

 要するに、原告適格を基礎付ける個々人の個別的利益(の侵害)と、原告適格を基礎付けない一般的公益=不特定多数者の利益・反射的利益(の侵害)について、主婦連ジュース訴訟のように排他的に二分割するのではなく、一般的公益の中に個々人の個別的利益が包含される、という説明になっています。

 この結果、長沼ナイキ基地訴訟判決では、係争処分の根拠法令が保護する「一般的公益」の中から、そこに「吸収解消されない」「個々人の個別的利益」を切り出す●●●●ことができるか、という解釈枠組みが設定されたと考えることができます。図にすると、以下のようなイメージになります。

f:id:koubundou2:20210608130956j:plain

 上記の考え方、すなわち、根拠法令が保護する利益(係争処分の処分要件・考慮要素に含まれる利益)について、一般的公益に内包された個々人の個別的利益を「切り出す」という解釈枠組みは、その後の判例法で一般化されてゆきます。上述した判例の解釈枠組みを再掲すると、このことが下線部分に集約されていることに気付かれると思います。

 行政事件訴訟法9条1項にいう処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、「当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有する」。

 

三段階のテスト

 長沼ナイキ基地訴訟判決を契機として、小早川光郎先生は、判例による法律上保護された利益説について、①不利益要件=事実上何らかの不利益を受けていること、②保護範囲要件=処分の根拠法令の保護する利益であること、③個別保護要件=個々人の個別的利益として保護されていること、という三段階の判断をしているとの整理を行います。*5判例の解釈枠組みは、原告側が主張する被侵害利益について、①事実上の利益→②法律が一般的公益として保護する利益→③法律が個々人の個別的利益として保護する利益、という順にテストが行われ、③までクリアーすれば原告適格が肯定される、という分析です。この小早川説は、学界に広く受け入れられて今日に至っています。

 確かに、第三者の原告適格が争われた判例では、係争処分の根拠法令について、原告の主張する被侵害利益を、一般的公益に吸収解消されず、個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含む、というキーフレーズで「切り出す」ことがしばしば行われます。この三段階テスト=「切り出し」型の解釈枠組みは、次のようにイメージされます。

f:id:koubundou2:20210608131142j:plain

 原告側が主張している被侵害利益が、①事実上の利益か、②一般的公益か、③個々人の個別的利益か、と「絞り込む」イメージです。②⇒③では、係争処分の根拠法令が保護している(処分要件としている)利益が、単なる一般的公益か、一般的公益に吸収解消されず、個々人の個別的利益としても保護されたものかを判別することとなり、②から③を「切り出す」解釈操作が行われます。長沼ナイキ基地訴訟では、係争処分の根拠規範である森林法の規定が保護する「不特定多数者の受ける生活利益」から、「洪水緩和、渇水予防の点において直接に影響を被る一定範囲の地域に居住する住民」の利益を、切り出しています。

 さらに、このような判例の解釈枠組みについて、係争処分の根拠規範のあり方という視点からイメージすると、次のようになると思います。①事実上の利益、②一般的公益、③個人的利益が、それぞれ根拠規範の定める処分要件・考慮要素に含まれると解釈されるか、という視点を理解してください。

f:id:koubundou2:20210608131226j:plain

 

判例の展開と行政事件訴訟法92項の新設

 主婦連ジュース訴訟から長沼ナイキ基地訴訟という「節目」を経て、原告適格に関する判例法は、法律上保護された利益説を維持しながら、保護に値する利益説からの批判を取り込むかたちで展開してゆきます。詳細は行政判例ノートや教科書類に委ねるとして、判例は、おおよそ次のような方法で、原告適格の解釈を柔軟化してゆきます。

A 根拠法令の処分要件・考慮要素について

 ①行政法規の明文の規定のみでなく、法律の合理的解釈から導く。

 ②係争処分の根拠法令と目的を共通にする関係法令を視野に入れて解釈する。

 ③下位法令による処分要件の具体化・詳細化に着目する。

 

B 原告の被侵害利益について

 ①根拠法規が保護する利益の内容・性質を考慮する。

 ②仮に処分が違法であった場合に生じる被害の態様・程度を考慮する。

 上記のBは、被侵害利益について、根拠法令からは一度切り離すかたちで事実関係に目を向けることを示唆しており、保護に値する利益説によるチャレンジを取り込む方向での柔軟化とみることができそうです。要するに、根拠規範の部分を拡大すること、被侵害利益について具体的な事実関係まで視野を広げることにより、処分要件・考慮要素を柔軟にとらえようというイメージです。

f:id:koubundou2:20210608131340j:plain

 平成16年の行政事件訴訟法改正では、「国民の権利利益のより実効的な救済」を確保するため、取消訴訟の原告適格を実質的に拡大することが試みられます。9条1項につき旧9条がそのまま維持される一方、同条2項が新設され、処分の相手方以外の者が「法律上の利益」を有するか否かを判断する際の解釈指針が明示されます。行政事件訴訟法9条2項は、判例法の「到達点」を最大公約数として明示し、裁判所が第三者の原告適格の有無を判断する際に必要的考慮事項として要求するもの、と考えられます。

 行政事件訴訟法9条2項の構造については、櫻井・橋本『行政法〔第6版〕』283頁の図を掲げておきます。上記で整理した判例の解釈方法との類似に気付かれるでしょう。

f:id:koubundou2:20210608131806j:plain

<事実上の不利益?>

 小早川説では、最初に、原告の被侵害利益が事実上の不利益か否か、というテストが示されます。これは具体的にどのような局面がイメージされるのでしょうか?

 私が想像するに、たとえば、文化財保護法の定める特別名勝について、文化財保護委員会が現状変更許可処分をしたところ、地元住民らが争った事案(東京地判昭和30年10月14日行集6巻10号2370頁)があります。判決では、景観利益の他、地元の土産物店や旅館の利益等は反射的利益にとどまるとされますが、特に後者は、事実上の不利益か否かがまず問題になるように感じます(景観利益については、また別の考察が必要でしょう)。

 また、法定外公共用物であった里道について、知事が用途廃止処分をしたところ、当該里道の利用者が取消訴訟を提起して争った事案(最判昭和62年11月24日判時1284号56頁)も思い浮かびます。この判決は、利用者の原告適格を否定しますが、「生活に著しい支障を生ずるという特段の事情」が認められれば訴える資格を認める趣旨の判示が付されています。このケースでも、里道を日常的に使う利益が事実上の不利益に過ぎないのか、「法律上の利益」に当たるか、問題になるでしょう。*6

 

改正行政事件訴訟法の解釈

 新設された行政事件訴訟法9条2項の解釈について、最高裁は、小田急高架訴訟判決(最大判平成17年12月7日民集59巻10号2645頁・行政判例ノート17-11)により、その方向性を示します。同判決は、建設大臣(当時)が東京都に対してした都市計画事業認可の取消訴訟について、当該事業が実施されることにより騒音、振動等による健康または生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者の原告適格を肯定します。これにより、事業地内の土地等に権利を有する者のみに原告適格を認めた最判平成11年11月25日判時1698号66頁は変更されます。*7

 以下、小田急高架訴訟大法廷判決による原告適格の判断について、ロジックの骨組みを整理しておきます。原告らは、都市計画法の定める都市計画施設に関する都市計画事業認可(処分)の取消しを求めていることを念頭に置きつつ、*8眺めてください。

①根拠法令・関係法令の趣旨・目的

⇒都市計画事業認可に関する都市計画法の規定の趣旨・目的を明らかにする。

⇒都市計画法は、都市計画事業認可の基準として事業内容が都市計画に適合することを規定し、さらに、都市計画が公害防止計画に適合することを規定する。ゆえに、公害防止計画の根拠法令である公害対策基本法について、その趣旨・目的も参酌する。
⇒東京都の定める環境影響評価条例も、公害の防止等に適正な配慮が図られるようにするという目的を共通にしている。
⇒都市計画事業認可に関する都市計画法の規定は、事業に伴う騒音、振動等によって、事業地の周辺地域に居住する住民に健康または生活環境の被害が発生することを防止することを、趣旨・目的とする。

②処分において考慮されるべき利益の内容・性質・程度等

⇒都市計画事業認可が違法であった場合に、当該事業に起因する騒音・振動等による被害を直接的に受けるのは、事業地周辺の一定範囲に居住する住民に限られ、その被害の程度は、事業地に接近するにつれて増大する。
⇒当該地域に居住し続けることにより、上記の被害を反復・継続して受けた場合、その被害は、健康や生活環境に係る著しい被害にも至りかねない。
⇒都市計画事業認可に関する都市計画法の規定は、違法な事業に起因する騒音・振動等により健康又は生活環境に係る著しい被害を受けないという具体的利益を保護しようとするところ、上記のような被害の内容、性質、程度等に照らせば、この具体的利益は、一般的公益の中に吸収解消させることが困難である。

③法律上保護された利益の判定

⇒都市計画法は、公益的見地から都市計画施設の整備に関する事業を規制するとともに、騒音、振動等によって健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある個々の住民に対して、そのような被害を受けないという利益を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含む。
⇒事業地の周辺に居住する住民のうち当該事業が実施されることにより騒音、振動等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者に、原告適格が認められる。

④具体的線引き

⇒Xらの居住地と事業地の距離関係などに加えて、都条例の規定する関係地域が事業の実施が環境に著しい影響を及ぼすおそれがある地域として定められていることを考慮する。
⇒関係地域内に居住する原告らは、事業が実施されることにより騒音、振動等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者にあたる。

  上記①では、係争処分の処分要件を手掛りに公害対策基本法を関係法令に含めるとともに、目的の共通性から東京都環境影響評価条例も関係法令としています。さらに、根拠法令である都市計画法の規定する処分要件・事前手続・趣旨目的等を詳細に検討した上で、都市計画事業の認可に関する都市計画法の規定の趣旨・目的を導き出しています。都市計画法の趣旨・目的ではなく、「都市計画事業の認可に関する同法の規定」であることに、特に注意してください。

 上記②では、係争処分が違法であった場合に原告側に生ずる被害への着目により、係争処分が前提とする事業地の周辺住民について、「個々人の個別的利益」の「切り出し」が行われています。事業による被害が、事業地との距離により増大すること、居住することにより反復・継続して著しい被害となりえること等から、被害の内容、性質、程度等に照らして一般的公益の中に吸収解消させることが困難、という判断が示されています。「健康又は生活環境に係る著しい被害」というキーフレーズにも注目すべきでしょう。

 上記③では「法律上の利益」に関する解釈論上の結論が示され、その上で、上記④で具体的な線引き(都条例の「関係地域」の居住者での線引き)がなされます。上記④については、別の判例*9により、係争処分の事業地と原告の居住地との「距離関係を中心として、社会通念に照らし、合理的に判断すべきもの」という規範が示されているので、むしろそちらをイメージするとよいかもしれません。

 小田急高架訴訟大法廷判決のロジックの流れは、①根拠法令・関連法令の趣旨・目的の「拾い出し」、②処分が違法と仮定した場合に生じる被害(侵害される利益)の内容・性質・程度の検討により、一般的公益に吸収解消させることが困難な個々人の個別的利益を「切り出し」、③原告適格を基礎付ける法律上の利益を明らかにして、④具体的な線引きの基準の提示と当てはめをする、というものです。①②の部分は、行政事件訴訟法9条2項の定める必要的考慮要素ともうまくリンクしており、また、小早川説で示された保護範囲要件(拾い出し)⇒個別保護要件(切り出し)ともしっくりと馴染みます。

 ところが、これで終わりというわけではないのが、原告適格論の「奥の深い」ところでしょう。

 

保護範囲要件の「切り出し」と行政事件訴訟法92

  上述したように、小田急高架訴訟大法廷判決のロジックと、行政事件訴訟法9条2項の構造は、うまく対応するように思えます。根拠法令・関係法令の趣旨・目的から「拾い出し」た一般的公益の中から、係争処分が違法であると仮定した場合に生じる被害の状況・態様を評価し、生命・健康の侵害のような、その性質上、一般的公益に吸収解消され難い「個々人の個別的利益」を「切り出す」、と整理できるからです。

 しかし、この整理は、そもそも、原告の被侵害利益の性質●●から、一般的公益に吸収解消されないもの(生命・健康への侵害)についてであって、性質●●に着眼して切り出せない紛争類型にはピタリとはまらない感覚があります。根拠規範から係争処分の処分要件・考慮要素をできるだけ幅広く読み取り、そこに第三者の生命・健康という要素があれば、それらが具体的に侵害される事態が生ずるリスクが認められば、その性質●●上、一般的公益に吸収解消されない、というロジックはわかりやすいのですが、被侵害利益が財産権、営業の自由、教育環境や風俗環境のケースで「切り出し」がうまくできるか? という疑問が生じます。

 たとえば、サテライト大阪事件(最判平成21年10月15日民集63巻8号1711頁・行政判例ノート17-12)は、「広い意味での生活環境の悪化」は「基本的には公益に属する利益」と述べ、それ以上の「切り出し」をしていません。他方で、同判決は、根拠法令の処分要件のうち「位置基準」*10に着目し、医療施設等の利用者等の利益は「一般的公益に属する利益」としつつ、医療施設等の開設者が被る文教上または保健衛生にかかわる業務上の支障について、その支障が著しい場合であれば個別的利益として「切り出す」ことができる、とします。ここからは、「生活環境」についてなぜ「絞り込み」をしないのか(たとえば、場外車券売場の設置によるストレス等の健康被害のおそれで「切り出す」ことはできないのか)? という疑問が生じるし、医療施設等の位置基準に関連した「切り出し」はもっぱら「相当の距離」要件という法的仕組みの側に着目したものであって、被侵害利益の内容・性質等とは異なるのでは? とも思えます。

 これらの問題は、競業者型、競願型などの紛争類型の違いにより、さらに多様な考察が必要です。今回はここまでとさせていただき、続きは次回連載で検討します。お読みいただき、ありがとうございました。

 

*1:伊方原発訴訟(最判平成4年10月29日民集46巻7号1174頁・行政判例ノート6-2)、もんじゅ訴訟(最判平成4年9月22日民集46巻6号571頁・行政判例ノート17-4、民集46巻6号1090頁・行政判例ノート20-2)をイメージしてください。

*2:判決文では、上記に続いて、処分の相手方以外の者(第三者)の原告適格に関して、行政事件訴訟法9条2項を引用した叙述があります。

*3:橋本博之『解説改正行政事件訴訟法』(弘文堂・2004)33頁以下。なお、塩野宏『行政法Ⅱ〔第6版〕』(有斐閣・2019)140頁。

*4:かなり古い事件であり、景表法の定める行政不服申立適格が争点になるなど、判決に関する詳細については、各自判例集等を参照して確認をしてください。

*5:小早川光郎『行政法講義下Ⅲ』(弘文堂・2007)256頁以下。

*6:事件当時の法制度では、里道については、国有財産法に基づく財産管理がされる一方、公物管理法は存在していません。他方で、里道が公共用物であることは自明ですから、判例のロジックを説明するには、里道の(一定範囲の)利用者につき(公共用物の自由使用を超えた)何らかの使用権を観念して、それが供用廃止処分により侵害されると観念するのだろうと思われます。この問題については、橋本・前掲注(3)50頁を参照してください。

*7:なお、平成11年判決については、本案の判断について行政判例ノート9-2Aで紹介しています。

*8:処分性について、第2回連載を見直していただけると、なおよいと思います。

*9:行政判例ノート17-4、17-12、17-13ではいずれも用いられていますので、確認してみてください。

*10:場外車券発売施設(サテライト)と医療施設等に「相当の距離」を有することを求める処分要件となっています。

Copyright © 2021 KOUBUNDOU Publishers Inc.All Rights Reserved.