第5回 第三者の原告適格(その2)

遠い情景

  前回は、一般的に見られる原告適格論について、整理しました。長沼ナイキ基地訴訟(最判昭和57・9・9民集36巻9号1679頁・行政判例ノート17-2)がひとつの節目ですが、この判決といえば、40年近く前、東京大学での判例研究会を思い出します。高橋和之先生が平和的生存権に基礎付けられた実定法解釈を説かれる一方、宮崎良夫先生は「保護に値する利益」説から判決を徹底的に批判し、小早川光郎先生は三段階テスト論に繋がる分析を淡々と展開されます。助手に採用されたばかりの私は、先生方の思考に圧倒されつつ、行政法解釈論の面白さを実感しました。激論を捌く塩野宏先生の見事な手腕、先輩助手の玉井克哉先生が放つ鋭い言説も、強く印象に残っています。

 歳月が流れ、司法的救済の範囲はどれだけ拡大されたのか? 改めて問い直す必要性を感じます。*1

 

「処理手順」の基本型

 今回は、原告適格の「処理手順」を考えてみましょう。*2原告適格論は、判例による「処理手順」に沿って個別法を解釈する●●●●●●●●ことが求められます。大島義則先生が書かれているように、「原告適格は個別行政法の解釈問題に始まり、個別行政法の解釈問題で終わる」*3のです。当連載では、原告適格論における個別法の解釈技術を「見える化」するため、①紛争類型(第三者の形態)②被侵害利益③鍵となる法的仕組み、に着眼したパターン化を試みます。これらは、個別法解釈のいわば「補助線」です。また、②と③は相互に連関しており、そのとらえ方(補助線の引き方)が、原告適格の解釈の柔軟さ・厳格さを左右します。

 まず、上記①の紛争類型から整理しましょう。行政処分により不利益を受ける第三者が取消訴訟を提起して争う場面としてまず想定されるのは、迷惑施設・公共事業等の周辺住民が原告として争うというパターンです。原発(もんじゅ)訴訟(最判平成4・9・22民集46巻6号571頁・行政判例ノート17-4)、小田急高架訴訟(最大判平成17・12・7民集59巻10号2645頁・行政判例ノート17-11)などがこれに該当します。当連載では、このパターンを、周辺住民型●●●●●の紛争類型と呼ぶことにします。

 なお、当連載では、紛争類型(第三者の形態)に着目したパターンとして、他に、薄まった利益型、競業者型、競願型の3つを想定しています(説明は次回を予定)。*4

 

 周辺住民型の紛争類型は、次の図のようなイメージです。

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 小田急高架訴訟判決では、以下のようなステップで原告適格の有無が論じられます(前回連載を参照)。

A 根拠法令・関係法令の趣旨・目的の検討

B 処分において考慮されるべき利益の内容・性質・程度等の検討

C 法律上保護された利益の判定

D 具体的線引きによる原告適格の判定

  上記のABは、行政事件訴訟法9条2項に沿った当てはめです(Cはその結論)。Dは、周辺住民である原告らのうち、誰に原告適格を認めるかという具体的線引きです。

 さらに、同判決から、次のような「処理手順」を抽出できます。⇒で示しているのは、当てはめで用いるキーフレーズです。

① 原告適格の解釈枠組み=判例の「定式」を提示

② 原告の主張する被侵害利益を指摘

③ 上記Aの当てはめ

 ⇒ ○○処分に関する××法の規定は、……をその趣旨・目的としている。

④ 上記Bの当てはめ

  ⇒ ○○処分が(仮に)違法であった場合に、原告の受ける被害の内容・程度・性 
   質は、著しいものとなりかねない。ゆえに、この具体的利益は、その性質上、一
   般公益に吸収解消されず、個々人の個別的利益としても保護されていると解され
   る。

⑤ 上記C=仮の結論

  ⇒ 周辺住民のうち事業の実施により……の被害を直接的に受ける者は、○○処分  
   の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として、原告適格を有する。

⑥ 上記Dの当てはめ

  ⇒ 事業地と原告居住地の距離関係を中心に、社会通念に照らして、合理的に線引  
   きを行う。

  以上が原告適格の処理手順です!  と言い切れるとよいのですが、上記の処理手順を使うには、周辺住民型に加えて、いくつか前提があると感じられます。

 まず、周辺住民の「健康又は生活環境」*5が被侵害利益になっていることに着目しましょう。上記の処理手順では、③および⑤の「……」の部分に、健康または生活環境の被害発生の防止という趣旨の表現が入ります。このことから、上記④で、被侵害利益の性質上●●●一般的公益に吸収解消されないとして、個別保護利益として切り出されます。また、具体的な侵害状況が、ⅰ居住する住民⇒ⅱ事業地に近い居住者⇒ⅲ反復・継続して被害を受ける居住者、の順に著しい被害に至るという当てはめ(被害状況の現実性・具体性)も可能になります。健康●●が含まれていることから、人格的利益の中でも、生命・身体の安全と同レベルの高次の利益ということになるでしょう。

 また、手続的参加以外に利益を個別化する法的仕組みがないことが指摘できます。係争処分の根拠法令には、集団規定、保護対象施設との距離制限規定、適正配置規定(地域独占等のための距離制限規定)、危険物との離隔制限規定など、個別保護利益を切り出す(被侵害利益を個別化・線引きする)ツールとなる法的仕組みがありません。ゆえに、手続的参加規定のみ●●*6から個別保護利益を切り出せないなら(判例はそのような立場です)、事業地の外側に広がる騒音・振動等の被害が反復・継続して著しい被害に至るという、侵害の具体性・現実性の評価が、原告適格を認めるポイントになります。加えて、具体的な線引きのための社会通念に照らした解釈論(受忍限度論と類似の解釈論)が必要です(小田急高架訴訟判決では、東京都条例による環境影響評価の「関係地域」が参照されています)。

小田急高架訴訟の事案 紛争パターン=周辺住民型

           被侵害利益 =健康または生活環境

           法的仕組み =特になし(手続的参加の仕組みのみ)

  この場合の第三者(周辺住民)の原告適格判定は、次のような手順で行われます。

第1段階(拾い出し)

 ⇒ 原告の被侵害利益が係争処分の根拠法令の保護範囲に含まれるか検討

 ⇒ 根拠法令・関連法令の趣旨・目的を踏まえて解釈

第2段階(切り出し)

 ⇒ 個々人の個別的利益としても保護される利益であるかを検証

 ⇒ 生命・身体・健康という(高次の)利益に着眼

 ⇒ 利益侵害の具体性・現実性に着眼し、直接・重大・著しい侵害か検証

 さらに、事案により必要があれば、以下の手順を行います。

第3段階(具体的線引き)

 ⇒ 個々の原告について、原告適格の有無を具体的に判別

 ⇒ 距離関係を中心に、具体的な侵害につき社会通念に照らして合理的に判断

 

健康または生活環境の侵害

  上記の処理手順は、周辺住民型かつ被侵害利益が「健康又は生活環境」のパターンで、手続的参加規定以外に個別利益を切り分ける法的仕組みがない(事実上の侵害が問題となる)ケースから抽出したものです。行政判例ノートに掲載した判例のうち、このパターンに最も類似するのは、以下の宮崎県(旧)高城町の産業廃棄物等処分業許可に係る事案です。

 

◎産業廃棄物処分業の許可(最判平成26・7・29民集68巻6号620頁・行政判例ノート17-13)
⇒ 廃棄物処理法に基づく産業廃棄物等処分業許可の取消訴訟において、最終処分場(産業廃棄物処理施設)の周辺に居住する住民のうち、当該処分場から有害な物質が排出された場合に大気や土壌の汚染、水質の汚濁、悪臭等によって健康または生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者について、原告適格を肯定。
⇒ 産業廃棄物等処分業許可の要件として、最終処分場を有すべきものとされていることから、最終処分場の設置に係る処分要件(技術上の基準等)について、原告適格の解釈に含めている。また、産業廃棄物処理施設の設置許可の要件(周辺地域の生活環境の保全についての適正な配慮)、同許可申請の添付書類(環境影響調査報告書)についても、個別保護要件の切り出しの手がかりとして用いている。

 上記のケースでは、処理施設の許可申請の添付書類において、生活環境に影響が及ぶおそれがある地域とされている地域が、原告適格の具体的線引きの基準とされています。このように、申請の際に必要な文書・地図等に記載される事項は、原告適格の解釈において参照される要素(処分要件・考慮要素)に含まれることにも注目しておきましょう。

 

生命・身体(の安全)の侵害

 小田急高架訴訟の処理手順は、「健康又は生活環境」の侵害という着眼点が鍵であると考えられます。さらに、被侵害利益が「生命、身体の安全」であれば、人格的利益の中でもより高いレベルの保護が必要と考えられますから、上記の処理手順は使いやすくなります。実際、①周辺住民型、②生命・身体の安全を侵害、③事実上の侵害、というパターンの判例は多数見られるところです。上記③は、手続(参加)規定以外に切り出し・個別化の手がかりとなる法的仕組みがなく、事実の評価が個別保護利益を切り出す要素になるという趣旨です。

 以下、行政判例ノートから上記に(ほぼ)該当するものを掲げます。処理手順を意識しつつ、判決文を眺めてみましょう。

 

◎長沼ナイキ基地訴訟(上述)

⇒ 森林法に基づく保安林指定解除処分の取消訴訟について、保安林の伐採による理水機能の低下により洪水緩和、渇水予防の点において直接に影響を被る一定範囲の地域に居住する住民について、原告適格を肯定。

 

◎新潟空港訴訟(最判平成元・2・17民集43巻2号56頁・行政判例ノート17-3)

⇒ 航空法に基づく定期航空運送事業免許の取消訴訟において、当該免許に係る路線を航行する航空機の騒音によって社会通念上著しい被害を受けることとなる者について、原告適格を肯定。
⇒ 航空法の規定する処分要件について、目的を共通する関連法規の関係規定の趣旨まで踏まえ、航空機の航行による騒音障害の有無・程度が考慮要素に含まれると解釈。

 

◎もんじゅ訴訟(上述)

⇒ 原子炉等規制法に基づく原子炉設置許可処分の無効確認訴訟(取消訴訟の出訴期間を徒過)において、(安全性審査に過誤・欠落があった場合に生じる)事故等による災害により直接的かつ重大な被害を受けることが想定される地域内に居住する者について、原告適格を肯定。
⇒ 具体的線引きについて、原告の居住する地域と原子炉の位置との距離関係を中心として、社会通念に照らし合理的に判断する、という規範を提示。当てはめの結果、原子炉から29~58キロメートルの範囲内に居住する者につき原告適格を肯定。

 

◎川崎市急傾斜地マンション事件(最判平成9・1・28民集51巻1号250頁・行政判例ノート17-7)
⇒ 都市計画法に基づく開発許可(がけ崩れのおそれが多い土地に係るもの)の取消訴訟において、開発区域外であってもがけ崩れ等による直接的な被害を受けることが予想される範囲内の地域に居住する者について、原告適格を肯定。
⇒ 都市計画法の定める許可基準について、同法の委任により定められた法規命令(施行令・施行規則)が具体的かつ詳細な審査を求めていることをもって、周辺住民の生命・身体等の安全を個別保護利益として切り出す手がかりとする。

 

◎岐阜県ゴルフ場造成事件(最判平成13・3・13民集55巻2号283頁・行政判例ノート17-7〔A〕)
⇒ 森林法に基づく開発許可の取消訴訟において、開発行為による土砂の流出または崩壊、水害等の災害による直接的な被害を受けることが予想される範囲内の地域に居住する者について、原告適格を肯定。
⇒ 周辺住民の財産権(土地の所有権等)、水の確保や良好な環境の保全に係る利益については、個別的利益として切り出すことを否定。

 

財産権侵害と集団規定

 上記のように、周辺住民型の事例では、財産権侵害について法律上の利益から外す判例が見られます。生命・身体・健康と比べて、被侵害利益の高次性において劣ることが、原告適格論での当てはめに影響していると考えられます。

 これに対して、建築基準法の定める集団規定を要件に含む処分の取消訴訟(周辺住民型をイメージします)では、財産権の侵害についても、原告適格を基礎付ける法律上の利益として認めるのが判例の傾向です。

 建築基準法は、単体規定集団規定による建築物の規制を特色とします。用語の意味は、インターネットで検索をかければすぐヒットすると思います。単体規定とは個々の敷地や建築物それ自体の安全・衛生に関する規制の仕組みであり、集団規定とは建築環境の確保(建築物と都市の関係)を規律する規制の仕組み、というイメージです。建築物の用途規制、高さの制限、大きさ(容積率、建ぺい率等)の制限、接道の規制などは、集団規定に当たります。*7建築基準法に基づく行政処分について、集団規定による規制であれば、財産権の相互関係の規律を趣旨とするものであり、同法1条(目的規定)において「国民の生命、健康及び財産の保護を図」る、と明記されることと併せ、財産権侵害のおそれをもって原告適格を基礎付ける「法律上の利益」と解釈できる可能性が高まります。

 このことをよく示しているのが、建築基準法の規定する総合設計許可の取消訴訟において、許可建築物の倒壊、炎上等により直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に存する建築物に居住しまたはこれを所有する者に原告適格を認めた最高裁判決です(最判平成14・1・22民集56巻1号46頁・行政判例ノート17-8)。同判決は、「居住者の生命、身体の安全等及び財産としてのその建築物」を個別的利益として切り出していますが、集団規定という法的仕組みが解釈論の鍵であることが、調査官解説にわかりやすく説明されています。*8要するに、①周辺住民型、②財産権を侵害、③集団規定の仕組み、というパターンにおいて、違法建築物の倒壊、炎上等による被害が直接的に及ぶことが想定される一定地域内の建築物について、居住者の生命、身体の安全にとどまらず、財産としての建築物まで個別保護利益と認め、所有者に原告適格を認める判例法理があるのです。

 このようなパターンの事例における第三者(周辺住民)の原告適格判定の処理手順は、次のようになるでしょう。行政事件訴訟法9条2項を素直に当てはめてゆくイメージです。

① 根拠法令の趣旨・目的

  ⇒ 建築基準法の定める行政処分の趣旨について、集団規定の仕組みが処分要
   件になっていること(処分要件である建築基準法令の中に、集団規定が含まれ
   ること)から、その趣旨・目的を明らかにする。
  ⇒ 建築基準法1条の目的規定において、財産の保護を図ることが目的に含まれ
   ていることを、併せて参照する。

② 利益侵害の内容・性質・態様等

  ⇒ 仮に行政処分が違法であれば(建築基準法令に違反していれば)、地震、火
   災等により建築物が倒壊、炎上等の事態が生じた場合に、周辺の建築物(その
   居住者)に重大な被害が及ぶおそれがある。
  ⇒ 上記の一定範囲内の建築物について、居住者の生命、身体等の安全**に加
   えて、財産権についても、個々人の個別的利益として保護されると解釈でき
   る。

③ 具体的線引き

  ⇒ 行政処分に係る建築物との距離から、原告適格の有無を具体的に判別する。
   ***

* 総合設計許可(建築基準法59条の2第1項)に係る判例に加えて、建築確認(同法6条1項)について東京地判平成20・4・18民集63巻10号2657頁(参照として掲載)、除却命令(同法9条1項)について大阪地判平成30・4・25判例地方自治441号67頁(非申請型義務付け訴訟の事案)を参照するとよいと思います。

** 被侵害利益が生命・身体・健康の場合に個別保護利益として切り出せるのは当然と考えられます。

*** 建築物から同心円状の距離を認定して線引きの基準とするケースと、個々の建築物について侵害の具体性を合理的に判定するケースの両方があると考えられます。いずれも、距離や位置関係から火災による延焼のおそれ等を評価することになると思います。

 

<参考判例>

 上記の大阪地判(建築基準法の定める除却命令について、周辺住民が義務付けを求めたケース)は、原告適格につき以下のように判示しています(下線は橋本)。

 (建築基準)「法9条1項は、建築基準法令の規定等による規制の実効性を確保するため、特定行政庁に警察行政上の措置として建築基準法令の規定等に違反する建築物等に対して除却命令等の行政処分をする権限を与えたものであると解される。そして、法による規制内容についてみると、建築物の構造耐力の基準(20条)、大規模の建築物の主要構造部に係る耐火構造の基準(21条)敷地等と道路との関係(43条)、建築物の容積率の制限(52条)、第一種低層住居専用地域又は第二種低層住居専用地域内における建築物の高さ制限(55条)、前面道路の幅員及び隣地境界線からの水平距離に応じた建築物の高さの制限(56条)、日影による中高層建築物の高さの制限(56条の2)、高度地区内の建築物の高さの制限(58条)等が定められているところ、これらの規定は、建築物が備えるべき性能の基準を定めてその安全性を確保するとともに、建築密度、建築物の規模等を規制して建築物の敷地上に適度な空間を確保することにより、地震、火災等により当該建築物が倒壊、炎上するなどの事態が生じた場合に、その周辺の建築物やその居住者に重大な被害が及ぶことを防止することをその目的に含むものと解するのが相当である。

 以上のような法9条1項の趣旨、法による規制の目的に加え、法が建築物の敷地、構造等に関する最低の基準を定めて国民の生命、健康及び財産の保護を図ることなどを目的とするものであること(1条)に鑑みれば、法9条1項は、建築基準法令の規定等に違反する建築物の倒壊、炎上等による被害が直接的に及ぶことが想定される周辺の一定範囲の地域に存する他の建築物についてその居住者の生命、身体の安全等及び財産としてのその建築物を、個々人の個別的利益として保護すべきものとする趣旨を含む……。そうすると、当該建築物の倒壊、炎上等により直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に存する建築物に居住し又はこれを所有する者は、当該建築物について除却命令等の義務付けを求めるにつき法律上の利益を有する者として、その義務付け訴訟の原告適格を有する…」。

 下線①は単体規定、下線②は集団規定で、それぞれ係争処分(除却命令)の処分要件(違反が認定できれば処分権限を発動できる)です。おそらく、下線③が単体規定の趣旨、下線④が集団規定の趣旨を説示していて、合わせ技で原告適格判定に係る趣旨・目的の判断(当連載の処理手順ではAに相当)を行っている、と読むのでしょう。*9

 

保護対象施設との距離制限規定と環境利益

 周辺住民型の事例において、原告適格論の処理手順を明らかにしようとした場合に、係争処分の根拠法令上、保護対象施設との距離制限の仕組みが定められているパターンが指摘できるように思います。典型となるのは、風営法に基づく風俗営業許可の取消訴訟(最判平成6・9・27判時1518号10頁・行政判例ノート17-5)、自転車競技法に基づく場外車券売場設置許可の取消訴訟(最判平成21・10・15民集63巻8号1711頁・行政判例ノート17-12)です。これらの事例では、係争処分の根拠法令上、許可対象施設の設置禁止区域について、保護対象施設からの距離制限という法的仕組み(処分要件)として規定され、当該保護対象施設(の設置者・開設者)の原告適格が争点となっています。

 なお、上記のパターンにおいて、保護対象施設の設置者・開設者の被侵害利益は、風営法の事例では「善良で静穏な環境の下で円滑に業務をするという利益」、自転車競技法の事例では「健全で静穏な環境の下で円滑に業務を行うことのできる利益」とされています。これらは、教育・風俗・静穏さ等の業務にかかわる利益として整理できると思います。

 判例は、①周辺住民型、②教育・風俗・静穏さ等の業務にかかわる利益を侵害、③保護対象施設からの距離制限の仕組みがある、というパターンにおいて、保護対象施設の設置者・開設者につき原告適格を肯定します。また、判例は、このパターンにおいて、規制エリア内の居住者が良好な風俗環境・教育環境等を保全される利益については、根拠法令の保護範囲に入っているとしても、個別的利益として切り出せない(個々人の個別的利益として保護されていない)とする傾向を示します。要するに、保護対象施設から一定の距離について業務を規制する仕組みになっている場合、保護対象施設(の設置者)の被侵害利益は個別的利益として切り出すことができるが、他方、単なる住民や別の事業を行う者、保護対象施設の利用者等の利益については、一般的公益に属する利益であって、原則として個別的利益として切り出せない、ということになります。

 風営法に基づく風俗営業許可の仕組みをイメージしてみましょう。

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 上記の図で、営業許可処分の取消しについて、Aの個別保護利益を切り出すことができる一方、Bについては一般的公益に吸収解消されるのが原則ということになります。

 もちろん、上記は判例の解釈枠組みであり、具体的な紛争解決における「正解」ということではありません。Bに原告適格を肯定する論証を考えるのであれば、距離制限規定の趣旨・目的、被侵害利益の内容・性質の総合考慮という枠組みの中で、個別的利益として切り出せることをできるだけ具体的な当てはめによって主張することになるでしょう。

 

サテライト大阪事件(その1

 次に、サテライト大阪事件(行政判例ノート17-12)を見てみましょう。事案は、自転車競技法に基づく場外車券発売施設(サテライト大阪)の設置許可について、施設周辺の病院経営者、居住者等が取消しを求めたというものです。

 まず、法的仕組みについて、上記にならって図示しておきましょう。

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 紛争パターンは周辺住民型ですが、最高裁は、被侵害利益について、交通、風紀、教育など広い意味での生活環境の悪化生活環境にかかわる利益)、文教上または保健衛生にかかわる業務上の支障(業務にかかわる利益)、良好な風俗環境など都市環境の悪化(都市環境にかかわる利益)の3つに整理します。*10

 さらに、この事案では、鍵となる法的仕組みとして、設置許可要件(処分要件)のうち、Ⓐ位置基準Ⓑ周辺環境調和基準、の2つが問題になります。最高裁は、法的仕組みと被侵害利益、法的仕組みと被侵害利益を、それぞれ結びつけて個別的利益の切り出しを論じています。被侵害利益については、法的仕組みと関連させず、一般的公益として扱われます(あっさり切り捨てたイメージです)。

 以下、事件当時の根拠法令の抜粋を掲げます。

◎自転車競技法

4条① 車券の発売等の用に供する施設を競輪場外に設置しようとする者は、経済産業省令の定めるところにより、経済産業大臣の許可を受けなければならない。(以下略)
② 経済産業大臣は、前項の許可の申請があつたときには、申請に係る施設の位置、構造及び設備が経済産業省令で定める基準に適合する場合に限り、その許可をすることができる。

 

◎ 自転車競技法施行規則(経済産業省令)

14条① 法第4条第1項の規定により、競輪場外における車券の発売等に要する施設(以下「場外車券発売施設」という。)の設置……の許可を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した許可申請書を、……管轄する経済産業局長を経由して、経済産業大臣に提出しなければならない。

 一 申請者の氏名…… (以下略)

② 前項の許可申請書には、次に掲げる図面を添付しなければならない。

 一 場外車券発売施設の見取図(敷地の周辺から1,000メートル以内の地域にある
  学校その他の文教施設及病院その他の医療施設の位置……を記載した10,000分の1 
  以上の縮図による図面)

 二 場外車券発売施設を中心とする交通の状況図

 三 場外車券発売施設の配置図(1,000分の1以上の縮尺による図面)

 

15条① 法第4条第2項の経済産業省令で定める基準……は、次のとおりとする。

 一 学校その他の文教施設及び病院その他の医療施設から相当の距離を有し文教
  又は保健衛生上著しい支障を来すおそれがないこと。

(中略)

 四 施設の規模、構造及び設備並びにこれらの配置は、……周辺環境と調和したも
  のであって、経済産業大臣が告示で定める基準に適合するものであること。

 いつものように、取消しが争われている行政処分(設置許可。自転車競技法4条1項)について、処分庁(経済産業大臣)の行為規範として読み解いて、処分要件(考慮要素)を押さえます。同条2項から、許可について、(適法な)申請が要件であることがわかります。そして、施行規則14条1項・2項(いずれも法4条1項の委任を受けています)は、申請書の記載事項と、添付書類を定めます。添付書類として規定されている「図面」ないし「状況図」は、許可の際の考慮要素を示唆します。また、施行規則15条1項1号(法4条2項の委任に基づきます)は、許可要件としての位置基準を、同項4号は周辺環境調和基準を、それぞれ規定します。

 

サテライト大阪事件(その2

 サテライト大阪事件では、経済産業大臣が訴外Aに対してした場外車券発売施設設置許可に対して、周辺の病院経営者、周辺住民らが取消訴訟を提起しています。原審は原告適格を一定程度柔軟に肯定する方向性*11を示しますが、最高裁は、周辺住民等につき原告適格を否定し、施設から120~200メートルの距離にある病院の経営者について、「著しい業務上の支障を生ずるおそれがあるか否か」を具体的に検討すべく一審に差し戻しました。

 判決のロジックは、次の3つの部分から構成されています。

 

1 (広い意味の)生活環境利益に関する解釈

⇒ 被侵害利益(広い意味での生活環境の悪化を受けないという利益)について、特段の「切り出し」や「個別化」をせずに、「基本的には公益に属する利益」であるとして、個々人の個別的利益として保護されたものでないとする。
⇒ 生活環境の悪化にかかわる利益について、生命・身体・健康等の侵害と直接的・具体的に結びつかない以上、個別的利益として切り出さない。

 

2 位置基準に着目した解釈

⇒ 位置基準の仕組みが保護しようとしているのは、第一次的には不特定多数者の利益、すなわち一般的公益に属する利益であり、周辺住民、病院の利用者等の原告適格を否定。
⇒ 位置基準は、医療施設等の開設者が被る文教上または保健衛生にかかわる業務上の支障について、その支障が著しい場合に、当該場外施設の設置を禁止し当該医療施設等の開設者の行う業務を保護する趣旨をも含む。個別法の仕組み(保護対象施設からの距離制限=位置基準)に着目し、施設の著しい業務上の支障について、個別的利益として切り出す。
⇒ 位置基準では、保護対象施設との位置関係について「相当の距離」と定め、かつ、「著しい支障を来すおそれ」を要件として付加する。保護対象施設から○○メートルといった明確な規定振りではない。800メートルの距離にある病院開設者の原告適格を否定する一方、100メートル程度の距離であれば、そこから先、具体的に「著しい支障」の有無を認定判断することを求める。申請書の添付書類の図面(1000メートル)を手がかりに個別的利益を「切り出す」解釈(原審の解釈)は否定。

 

3 周辺環境調和基準に着目した解釈

⇒ 周辺環境調和基準について、良好な風俗環境を一般的に保護し、都市環境の悪化を防止するという公益的見地に立脚した規定とした上で、「周辺環境と調和したもの」という文言は甚だ漠然としており、周辺住民等の具体的利益を個々人の個別的利益として保護する趣旨は読み取れないとする。個別法の仕組み(周辺環境調和基準)に目を向けても、利益の個別化ないし切り出しはできないと解釈。

 

 サテライト大阪事件は、本稿の冒頭に示した3つのパターンに即すると、以下のように整理できます。これをよくイメージして、改めて判決を眺めるとよいでしょう。

①紛争類型 ②被侵害利益 ③法的仕組み 原告適格の有無
周辺住民型 単なる生活環境 特になし? ×
周辺住民型(事業者) 事業上の支障 位置基準(相当の距離) △*
周辺住民型 都市環境上の利益 位置基準 ×
周辺住民型 都市環境上の利益 周辺環境調和基準 ×

  *著しい支障といえるか、距離・位置関係を中心に社会通念に照らし合理的に判断

 

 平成16年の法改正(行政事件訴訟法9条2項の制定)・平成17年の最高裁大法廷判決(小田急高架訴訟)を経て、同判決の射程が及ぶ事案では、「健康又は生活環境」の著しい被害について、地域的な切り分け・個別化が可能であれば周辺住民等の原告適格は肯定されると考えられます。しかし、ここでの「健康又は生活環境」は旧公害防止法(現在の環境基本法)による「公害」の定義規定に由来するものと狭く解釈され、サテライト大阪事件判決において、最高裁は、「広い意味での生活環境の悪化」が当然には原告適格を基礎付けるものではなく、周辺住民の生活環境利益(日常生活に係る利益)や事業環境利益(一般的な社会・経済上の利益)については、係争処分の根拠法令の規定する法的仕組みに個別化・切り出しのための具体的な手がかりが必要である、との方向性を示したものと考えられます。

 もっとも、原審のように、被侵害利益について、「住民のストレス等の健康被害や生活環境に係る変化・不安感等著しい被害」ととらえれば、原告は健康被害・心理的不安を被るおそれがあるとの認定判断につながり、原告適格を肯定することもできそうです。最高裁は、被侵害利益を「広い意味の生活環境」と画することから出発し、そこから先、法的仕組みの趣旨を精査するという手順でロジックを立てることにより、原告適格の解釈を厳格にしています。そのことの評価については、当連載でも改めて考えてみたいと思っています。

 

 それでは、今回はここまでとしましょう。今回は、周辺住民型のケースについて、「被侵害利益」と「鍵となる法的仕組み」という2つの視点から補助線を引くことにより、原告適格論の処理手順を抽出することを試みました。原告適格論、さらに、そこで求められる個別法解釈について、学習のヒントとなれば幸いです。また、上記の補助線の引き方により、個別法の解釈が、原告適格を狭める方向となるか、柔軟に救済を広げることを可能にするか、左右されるというイメージを共有していただけたと思います。

 次回は、周辺住民型以外の紛争パターンとして、薄まった利益型競業者型競願型の3つを取り上げて、原告適格の処理手順を検討したいと思います。それでは、今回もお読みいただき、本当にありがとうございました。*12

 

*1:本年2月、阿部泰隆先生より、ご高著『処分性・原告適格・訴えの利益の消滅』(信山社・2021)をお送りいただき、その内容に深い感銘を受けました。処分性や原告適格に関する「ありきたりの」解釈論から一歩先に進みたい方々には、ぜひ一読をお勧めします。権利救済の実効性を追求される阿部先生のお仕事には、本当に頭が下がります。

*2:私自身は、これまで、「思考過程」や「考え方」、「解釈枠組み」などと表現してきましたが、今回は「処理手順」という言葉を使ってみたいと思います。

*3:大島義則『行政法ガールⅡ』(法律文化社・2020)161頁。原告適格論の解釈技法については、同書63頁以下(第3話)、143頁以下(第7話)を是非参照してください。

*4:周辺住民型・薄まった利益型・競業者(競争業者)型・競願型の4類型については、橋本博之『現代行政法』(岩波書店・2017)179頁以下を参照。

*5:後述するサテライト大阪事件の調査官解説では、「健康又は生活環境」について、旧公害対策基本法(目的を共通にする関連法令として原告適格の判定に取り込まれています)2条から引かれたものとされ、大気汚染等の「公害」と結びつくものに限定された概念として扱われています。清野正彦「解説」『最高裁判所判例解説民事篇平成21年度(下)』682頁以下。そうすると、「生活環境」のみを括りだして、広い意味での生活環境利益の侵害では原告適格を基礎付ける個別的利益として「切り出す」ことができないとの厳格な解釈につながります。

*6:手続的参加規定は、原告適格の判定において参照可能なものであると考えられますが、単独で個別保護利益の切り出し・個別化するのは難しいということです。

*7:一般的に、建築基準法6条1項にいう「建築基準関係規定」について、建築基準法の第2章が単体規定、第3章が集団規定を定める、と説明されます。集団規定については、都市計画法が定める用途地域に対応しており、都市計画の仕組みを具体化する規制システムと見ることもできます。このことは、都市計画決定の処分性という論点についても、理解を深める要素になるでしょう。

*8:竹田光弘「解説」『最高裁判所判例解説民事篇平成14年度(上)』1頁以下、高世三郎「解説」同36頁以下。

*9:建築基準法の定める単体規定と集団規定については、係争処分ごとに、両者の関係をより精密に考察する必要があります。たとえば、総合設計許可について、仲野武志先生がわかりやすく解説されています(仲野武志「総合設計許可と第三者の原告適格」行政判例百選Ⅱ〔第7版〕(有斐閣・2017)340頁~341頁)。

*10:①と③については、周辺住民の「日常生活ないし社会・経済生活上の利益」として括ることもできるでしょう。調査官解説には、このような整理が見られます。清野・前掲注(5)685頁以下。これは、「地域的限定性の乏しい一般的利益」とは区別されており、周辺住民等の日常生活上の不利益、周辺で事業を行う者の社会生活・経済生活上の不利益とされています。係争処分の根拠法令上、これらの利益を具体的に「切り出す」ないし「個別化する」手がかりや、これらの利益にかかる著しい侵害を防止する趣旨の仕組みを見出すことができれば、原告適格を認める可能性があるのかもしれません。

*11:原審では、係争処分の根拠法令が善良な風俗・生活環境に係る利益を個別的利益としても保護していることを認め、申請書の添付書類の図面を手がかりに許可施設から1000メートル以内の周辺住民の原告適格を肯定する判断が示されました。

*12:今回連載文の執筆にあたり、大島義則先生からアドヴァイスをいただきました。少しでも読みやすいものになっているとすれば、大島先生のご指導の賜物です。ここに記して感謝申し上げます。

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