第3回 「同意」の処分性

パーミル(‰)とパーセント(%)

  当連載も3回目となりました。そもそも読んでくださる方がいらっしゃるのか不安ですが、何とか脱稿できました。

 そんな中、東京大学の和田俊憲教授から、第1回を「読んだ」という連絡がありました。成田新幹線訴訟を取り上げたところ、鉄道にもご造詣の深い和田先生の目にとまったとのこと。刑事法学の視点から様々なメッセージをいただき、本当にありがたく思いました。

 ところで、和田先生は、第1回で紹介したリニア中央新幹線訴訟の東京地裁判決(原告適格の有無に係る2つの中間判決。古田孝夫裁判長)に目を通され、計画概要の最急勾配につき‰であるはずが%と記されていることを、嘆かれていました。判決は、表面的には子細に原告適格の有無を線引きしていますが、ことがらの本質にかかわる誤記があると、そもそも裁判官が紛争状況を正しく捉えているか疑問を感じるし、判決文の説得力は大きく揺らぎます。裁判所に原告適格を否定されると、その当事者は、係争処分の適法・違法を争うことができなくなります。当該事案について争う資格を否定する以上、裁判官には、それなりの文章で「説明」する真摯な姿勢が求められるのではないでしょうか?*1

 もっとも、私自身、当連載の誤記をお詫びしなければなりません。末尾に前回分の訂正を掲げていますので、ご覧ください。

 

平成23年度予備試験問題

 第2回では、処分性の基礎について整理しました。今回は、その応用編として、処分性が論点となった平成23年度予備試験問題を取り上げてみましょう。

問題

  Aは、甲県乙町において、建築基準法に基づく建築確認を受けて、客室数20室の旅館(以下「本件施設」という。)を新築しようとしていたところ、乙町の担当者から、本件施設は乙町モーテル類似旅館規制条例(以下「本件条例」という。)にいうモーテル類似旅館に当たるので、本件条例第3条による乙町長の同意を得る必要があると指摘された。Aは、2011年1月19日、モーテル類似旅館の新築に対する同意を求める申請書を乙町長に提出したが、乙町長は、同年2月18日、本件施設の敷地の場所が児童生徒の通学路の付近にあることを理由にして、本件条例第5条に基づき、本件施設の新築に同意しないとの決定(以下「本件不同意決定」という。)をし、本件不同意決定は、同日、Aに通知された。

 Aは、本件施設の敷地の場所は、通学路として利用されている道路から約80メートル離れているので、児童生徒の通学路の付近にあるとはいえず、本件不同意決定は違法であると考えており、乙町役場を数回にわたって訪れ、本件施設の新築について同意がなされるべきであると主張したが、乙町長は見解を改めず、本件不同意決定を維持している。

 Aは、既に建築確認を受けているものの、乙町長の同意を得ないまま工事を開始した場合には、本件条例に基づいて不利益な措置を受けるのではないかという不安を有している。そこで、Aは、本件施設の新築に対する乙町長の同意を得るための訴訟の提起について、弁護士であるCに相談することにした。同年7月上旬に、当該訴訟の提起の可能性についてAから相談を受けたCの立場で、以下の設問に解答しなさい。

 なお、本件条例の抜粋は資料として掲げてあるので、適宜参照しなさい。

 

〔設問1〕

 本件不同意決定は、抗告訴訟の対象たる処分(以下「処分」という。)に当たるか。Aが乙町長の同意を得ないで工事を開始した場合に本件条例に基づいて受けるおそれがある措置及びその法的性格を踏まえて、解答しなさい。

 

〔設問2〕

 本件不同意決定が処分に当たるという立場を採った場合、Aは、乙町長の同意を得るために、誰を被告としてどのような訴訟を提起すべきか。本件不同意決定が違法であることを前提にして、提起すべき訴訟とその訴訟要件について、事案に即して説明しなさい。なお、仮の救済については検討しなくてよい。

 

【資料】乙町モーテル類似旅館規制条例(平成18年乙町条例第20号)(抜粋)

(目的)

第1条 この条例は、町の善良な風俗が損なわれないようにモーテル類似旅館の新築又は改築(以下「新築等」という。)を規制することにより、清純な生活環境を維持することを目的とする。

(定義)

第2条 この条例において「モーテル類似旅館」とは、旅館業法(昭和23年法律第138号)第2条に規定するホテル営業又は旅館営業の用に供することを目的とする施設であって、その施設の一部又は全部が車庫、駐車場又は当該施設の敷地から、屋内の帳場又はこれに類する施設を通ることなく直接客室へ通ずることができると認められる構造を有するものをいう。

(同意)

第3条 モーテル類似旅館を経営する目的をもって、モーテル類似旅館の新築等(改築によりモーテル類似旅館に該当することとなる場合を含む。以下同じ)をしようとする者(以下「建築主」という。)は、あらかじめ町長に申請書を提出し、同意を得なければならない。

(諮問)

第4条 町長は、前条の規定により建築主から同意を求められたときは、乙町モーテル類似旅館建築審査会に諮問し、同意するか否かを決定するものとする。

(規制)

第5条 町長は、第3条の申請書に係る施設の設置場所が、次の各号のいずれかに該当する場合には同意しないものとする。
 (1) 集落内又は集落の付近

 (2) 児童生徒の通学路の付近
 (3) 公園及び児童福祉施設の付近
 (4) 官公署、教育文化施設、病院又は診療所の付近

(5) その他モーテル類似旅館の設置により、町長がその地域の清純な生活環境が害されると認める場所

(通知)

第6条 町長は、第4条の規定により、同意するか否かを決定したときは、その旨を建築主に通知するものとする。

(命令等)

第7条 町長は、次の各号のいずれかに該当する者に対し、モーテル類似旅館の新築等について中止の勧告又は命令をすることができる。
(1) 第3条の同意を得ないでモーテル類似旅館の新築等をし、又は新築等をしようとする建築主
(2) 虚偽の同意申請によりモーテル類似旅館の新築等をし、又は新築等をしようとする建築主

(公表)

第8条 町長は、前条に規定する命令に従わない建築主については、規則で定めるところにより、その旨を公表するものとする。ただし、所在の判明しない者は、この限りでない。
2 町長は、前項に規定する公表を行うときは、あらかじめ公表される建築主に対し、弁明の機会を与えなければならない。

 

(注)本件条例においては、資料として掲げた条文のほかに、罰則等の制裁の定めはない。

 

出題趣旨の確認

 上記問題の素材は、ある自治体の「モーテル類似旅館規制条例」であり、事実は2011年(平成23年)という設定です。モーテル類似旅館に対する法的規制のあり方は、風営法・旅館業法・消防法等による規律の「狭間」を解消すべく変遷するのですが、平成23年の風営法改正による規制強化は当時話題になっており、その時代を感じさせる事案です。*2

 設問1は本件不同意決定の処分性の有無、設問2は本件不同意決定に処分性を肯定した場合の訴訟類型選択が、それぞれ問われています。処分性に関する典型的かつ基礎的な事例問題だと感じられます。なお、本件不同意決定の違法を争うことは問われておらず、訴訟手続に関する論点に絞り込んだ問題となっています。

 ここで、法務省HPに掲載されている「出題趣旨」を見ておきましょう。

(出題趣旨)

行政訴訟の基本的な知識、理解及びそれを事案に即して運用する基本的な能力を試すことを目的として、旅館の建設につき条例に基づく町長の不同意決定を受けた者が、訴訟を提起して争おうとする場合の行政事件訴訟法上の問題について問うものである。不同意決定の処分性を条例の仕組みに基づいて検討した上で、処分性が認められる場合に選択すべき訴訟類型及び処分性以外の訴訟要件について、事案に即して説明することが求められる。

  明快でわかりやすい文章です。不同意決定の処分性を条例の仕組みに基づいて検討すること(設問1に対応)、訴訟類型選択と訴訟要件を事案に即して説明すること(設問2に対応)が記されています。第2回で指摘したように、ある行為(本問では本件不同意決定)の処分性の有無は、その行為の根拠規範(本問では本件条例)の法的仕組みの解釈により、定性的に判断されます。そして、処分性を認めた場合に(行政処分を争うのですから、通常は抗告訴訟が「受け皿」です)、当事者(本問ではA)として具体的に(抗告訴訟の中から)どのような訴訟類型を選択すべきか、選択した訴訟に関する訴訟要件はどのように解釈されるか(適切な訴訟類型を選択するのですから、全ての訴訟要件につき充足することを具体的に説示することになるでしょう)、行政事件訴訟法の論点を正しく指摘し、問題文に示された事実を拾って当てはめてゆく作業を行うことが求められています。

 また、本問を解く場合には、「Aから相談を受けたCの立場」で「設問に解答」するという指示を忘れないようにしましょう。第1回で指針3として掲げたように、事例問題を考える場合、「目の前にある事案の処理に集中する」マインドを大切にしましょう。紛争事例を第三者目線でとらえて論評するのではなく、紛争の渦中にあり、どうしても行政側と法的に争いたいと考えるに至ったAの立場をイメージしましょう。設問1・設問2とも、Aの立場から、実効的な権利利益救済を可能にする解釈論・事実の当てはめを探索することを考えるとよいと感じます。

 

モーテル類似旅館規制条例と「同意」の仕組み

 設問1で問われている本件不同意決定の処分性を検討するため、本件条例の仕組みを「見える化」してみましょう。第1回第2回で用いた「図」と同様、左から右に時間軸が展開すると考えてください。縦の破線は、問題が前提とする現在(弁護士CがAから相談を受けた時点。2011年7月上旬)を表わします。破線より右側は、将来のことがらを示します。

f:id:koubundou2:20210512140047j:plain

  本問ではモーテル類似旅館規制条例が資料として掲げられていますが、これに加えて、問題文には、建築基準法6条1項の定める建築確認が登場します。*3建築物を建築しようとする場合に、建築主は、建築主事等から建築確認を受ける必要があります。*4およそ建築行為をする場合には建築確認が必要となりますが、本問において、Aは「既に建築確認を受けている」のですから、建築基準法上は、適法に建築行為(工事)を行うことが可能なはずです。Aとしては、本件施設を建築するためには、本件条例が定める各措置(本件不同意決定と、さらにその先にある勧告・命令・公表の各措置)のみ●●が(法的に)障害になるという状況にあります。

 まずは、上記の図を参照しながら、問題に添付されている本件条例の各条文をチェックするとよいと思います。

 

論理の筋立て(処分性肯定・否定)

 本件不同意決定の処分性ですが、私としては、処分性肯定の論証をイメージします。問題の流れから、「Aから相談を受けたCの立場」で論じるのであれば、本件不同意決定を行政処分ととらえて抗告訴訟で争うのが素直だろうと感じます。また、設問2では、処分性を認めて抗告訴訟で争う場合の訴訟要件が問われています。

 もっとも、都市計画法に基づき、市街化調整区域での開発行為の許可を申請する際に前提となる公共施設管理者の同意について、同意拒否行為の処分性を否定した最高裁判例(最判平成7年3月23日民集49巻3号1006頁・行政判例ノート16-3)が気になる方もいらっしゃるでしょう。しかし、この判例では、公共施設管理者の不同意により開発許可申請ができなくなるという法的仕組みについて、「同意を拒否する行為それ自体は、開発行為を禁止又は制限する効果をもつものとはいえない」というロジックが使われています。他方、本問では、本件条例による中止の命令や公表の措置により、建築基準法上の建築確認を得て本来的には行えるはずの建築行為が妨げられます。本件条例に基づく命令等の措置が新築等の行為を禁止・制限しようとするものであることは明らかで、そこから先、本件不同意決定について、同意を求めた建築主(申請者)に対し、新築等の行為を禁止・制限する法的効果が認められる、と論証すれば、平成7年最判のロジックに対抗できそうに思えます。*5

 さらに、本問と類比可能な土地利用規制に関わる条例において、国の法令による規制とは独立して、当該地方公共団体の長等による同意・不同意の仕組みが設けられている場合の同意・不同意の処分性について、裁判例の結論は肯定・否定と分かれているのですが、最近の傾向は肯定側に傾きつつあるように感じます。*6

 ゆえに、本問において、不同意決定の処分性を否定する結論もあり得るところですが、私としては、処分性肯定で考えを進めたいと思います。

 

 次に、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるか検討をするための解釈枠組みを設定しましょう。前回の整理を踏まえるなら、以下のようなイメージになります。

◎処分性の解釈枠組み

 抗告訴訟の対象となる行政処分とは、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(行政事件訴訟法3条2項)をいう。そして、行政庁の処分とは、行政庁の法令に基づく行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律又は条例上認められているものをいう。そこで、本件不同意決定が上記の「行政庁の処分」に該当するか、本件不同意決定の根拠規範である本件条例の規定に照らして検討する。

 まずは行訴法の条文を明示して問題設定を行い、続いて処分性判定の前提となる判例の定義を掲げ、係争行為の根拠規範の法的仕組みに照らして当てはめ⇒結論と進むことを、コンパクトに提示してみました。

 次に、判例の定義を当てはめるための「指標」をピックアップして、具体的な解釈(当てはめ)を行うことになります。「指標」としては、①公権力性、②法律上の地位に対する影響、という「粗い」タイプを使うという前提で考えましょう。

 そこから先、本問では、本件不同意決定の処分性肯定という結論を導くため、Ⓐ本件条例は、町長による同意・不同意の決定について、申請に対する処分として定めていると解釈されること、Ⓑ本件不同意決定により、申請を拒否された建築主は、町長による不利益処分を含む法的措置により新築等の行為を妨げられるという法的な地位が確定される(法的地位が変動する)と解釈されること、の2点を指摘したいところです。ⒶⒷそれぞれの解釈論(本件条例の仕組み解釈)を適切に文章化することがもちろん重要ですが、上記の指標①②との対応関係についても少し考える必要がありそうです。①=Ⓐ、②=Ⓑであれば話は早いのですが、ⒶⒷともに指標②の当てはめとも考えられます。さらに検討してみましょう。

  

ロジックの組み立て

  設問1には、(Aが)「同意を得ないで工事を開始した場合に本件条例に基づいて受けるおそれがある措置及びその法的性格を踏まえ」る、という指示が付されています。先ほどの図を見ると、上記の「措置」とは、町長による勧告・命令・公表であることがわかります。問題文に添付されている本件条例の条文と、注記されている「罰則等の制裁の定めはない」ことを頭に入れて、これらの「法的性格」を解釈することになります。

 そこで、本件条例の法的仕組みを正しく踏まえながら、本件不同意決定の処分性の有無を論じてゆくのですが、ロジックを組み立てる方法には、いくつかの選択肢があると思われます。

 選択肢その1 は、上述した解釈枠組みを提示した後、指標①②の順番で当てはめを行い、それぞれについて本件条例の解釈論を示して肯定(充足)してゆき、全体として処分性を肯定する(抗告訴訟の対象となる処分に当たるとの結論を導く)という方法です。解釈枠組みの提示の後、各指標を順番に当てはめ、最後に肯定の結論に至るので、学生の方にとってイメージしやすいかもしれません。この方法を用いるのは、指標への当てはめが容易なケース、比較的短い分量で処分性の肯定・否定を行うケースなどでしょう。

 選択肢その2 は、基本的に各指標を順番に当てはめてることとしつつ、指標のうち特に問題となる要素を絞り込んで(明示して)、その部分を手厚く根拠規範の法的仕組みの解釈を示す、という方法です。選択肢その1の応用形であり、最高裁判決の「解説モノ」に親しみのある(普通の)学習者には、一番なじむアプローチかもしれません。*7 指標を順番に当てはめて充足するとの結論を示す中で、特に問題となる指標は詳しく記述する、というイメージです。

 選択肢その3 は、解釈枠組みの提示の後、係争行為の根拠規範(本問では本件条例)の法的仕組みの解析をひととおり示して、指標への当てはめを後回しにする(最後にまとめて当てはめる)という論理の運び方です。私の経験では、学生の方の起案では「少数派」ですが、処分性の有無が争点となった裁判例では、このような構成が多いと感じます。

 

 私にとって選択肢その3のアプローチが普通と感じられるのは、以下のような理由によるかもしれません。たとえば、判例による原告適格の解釈論(処分の相手方でない第三者の原告適格の有無の判定)では、①行訴法9条1項・2項の解釈枠組み(「法律上の利益を有する者」の意義と解釈枠組み)の提示⇒②係争処分の根拠法令・関係法令の解釈⇒③法律上保護された利益の「切り出し」(個々人の個別的利益としても保護すべきものと解釈できるかの判別)⇒④原告適格の有無の具体的な「線引き」という、「判で押したような」定型的なロジックの運びを見ることができます。*8これに対して、処分性の有無を扱う最高裁判決の多くは、行政処分の定義⇒解釈枠組み(処分性判定の指標)の提示⇒当てはめ⇒結論、とはなっていません。私の抱いている最高裁判決の大まかな印象は、係争行為の根拠規範の解釈論が先行し、それを踏まえて抗告訴訟の対象となる行政処分に当たる・当たらないという結論が示されるというものです。さらにいえば、最高裁判決には、根拠規範の解釈論の部分で処分性の解釈枠組み(指標)に対応した「解析」が示されているものもあれば、最後の結論部分でコンパクトに処分性に関する「規範と当てはめ」が付されたもの、さらには、ほとんど結論の提示のみになっているものなど様々なパターンが見られます。

 要するに、処分性に関する判例(特に最高裁判決)は、行政処分の定義から書き起こして、指標ごとに充足する・しないの当てはめを行い、結論に至るという「見えやすい」ロジックになっていません。これを素直にモデルとするのなら、係争行為の根拠規範の法的仕組みの「解析」を先行させ、その上で適宜指標への当てはめを行うという選択肢その3が腑に落ちる●●●●●書き方となるでしょう。

 

 他方で、事例問題に解答するということを考えると、選択肢その3でアプローチした場合、判例の採用する行政処分の解釈枠組みを理解し、係争行為(処分性が認められれば係争処分)の根拠規範の法的仕組みを正しく解釈して、法的三段論法により結論を導く、という「能力」のアピールが難しいという心配が生じます。採点者から、問題文に添付された個別法の条文をただ書き写している、処分性の定義を正しく理解していない、法的三段論法になっていない、など難癖●●をつけられるかもしれません。実際、事実審である下級審裁判例では、処分性の定義を明示し、必要な指標に焦点を合わせて当てはめを行い、結論に至っているもの(選択肢その2に近いアプローチ)も見られます。事実審から丁寧に法律的文章を学ぶべきだ、という言説には反論し難い面もあります。

 すると、結論として、上記の3つの選択肢があり得ることはイメージしつつ、(普通の問題であれば)選択肢その2をデフォルトとする、という辺りに落ち着くのでしょうか。

 

公権力性の要素?

  ただ、本問において、指標①②と順番に検討しようとすると、公権力性の要素の部分がどうしても引っかかってしまいます。

 ありがちな答案例は、「本件不同意決定は、本件条例に根拠があり、行政機関である町長が一方的にするものであるから公権力性が認められる」、といった類いの記述で指標①をクリアしようとするものです。しかし、私としては、これには本問の解答として疑問を感じます。この記述から、本問で解釈を求められる町長の行為について、公権力性を肯定する根拠ないし理由を読み取ることができないからです。*9

 処分性の解釈において、公権力性の要素は、問題状況に応じて色々な働き方をします。本問における町長の不同意決定の性質決定は、行政処分(申請に対する拒否処分)か、単なる拒否の意思表示かを判別する問題と考えられます。そこで、本件不同意決定が、条例に根拠があり、(行政手続法にいう)申請制度*10における申請拒否である以上、公権力性は認められると論じたいところですが、これでは申請拒否処分であるという結論先取りになってしまうし、申請に対する応答行為は申請権の侵害であるとして(指標②により)処分性を認めるという考え方*11との整理もうまくできません。

 そこで、私としては、設問1について、上述したⒶⒷを指摘することをメインに考え、処分性の指標への当てはめを後回しにする、というアプローチで考えてみることにしたいと思います(あくまでも考え方の一例です)。なお、上述した例は、公権力性の端的な理由付けとすることに疑義が生じるということであり、本件条例の仕組みの解析としては妥当だと思います。そこで、次の一文は、設問1の解答のどこかに埋め込むとよいと考えます。

 本件不同意決定は、本件条例に根拠があり、行政機関である町長が一方的にするものである。

 

ミクロの過程とマクロの過程

 塩野先生の行政法理論(行政過程論)は、行政過程を全体としてのプロセスと、個別の行政決定に向けた行政手続とに分解する考え方を含んでいます。*12これを本問に応用すると、先ほど図にした行政過程がマクロのプロセスということになり、上述したⒶⒷの中身(Ⓐ申請に対する応答(=処分)であることの論証、Ⓑ受けるおそれのある措置の法的性格の検討)は、それぞれミクロのプロセスということになります。

 以下、ⒶⒷのプロセス(上記の図では、縦の破線の左側がⒶ、右側がⒷに相当します)についてイメージ図を示し、さらに、私なりに文章化したものを示しておきます。これらは、本件条例の法的仕組みの解釈に相当します。その上で、最後に、処分性の指標を当てはめて肯定の結論を導く、ということでまとめてみました。

 
<本件条例の定める「同意」のプロセス>

f:id:koubundou2:20210512141217j:plain

 上記の図(時間軸は左⇒右です)を見ると、本件条例の定める同意・不同意の仕組みが、申請に対する応答(処分)と解釈できることがイメージできるでしょう。

 
<不同意決定に従わない場合に受けるおそれがある措置>

f:id:koubundou2:20210512141301j:plain

 上記の図からは、中止の命令が不利益処分であること、公表も不利益処分に準じる法的性質を有する制裁的行為であることがイメージできそうです。

◎申請に対する応答(=処分)であることの論証

 本件条例は、乙町の清純な生活環境を維持することを目的として、モーテル類似旅館の新築等を規制するため(本件条例1条)、モーテル類似旅館の建築主に対してあらかじめ町長から同意を得ることを義務付け(同3条)、これを担保する仕組みとして、同意を得ない場合における新築等の中止の勧告・命令(同7条)、中止の勧告・命令に従わない旨の公表(同8条)を定めている。

 本件条例は、上記の同意について、建築主から町長に申請書を提出することとし(同3条)、町長は、申請書による同意の求めがあった場合にモーテル類似旅館建設審査会に諮問の上(同4条)、定められた不同意の要件(同5条)に照らして同意の可否を決定し、その旨を申請書を提出した建築主に通知すること(同6条)を規定する。

 このような本件条例の規定に照らすと、本件条例により町長がする同意・不同意の決定は、モーテル類似旅館の新築等をしようとする建築主からの申請に対する応答として仕組まれているものと解される。

◎受けるおそれのある措置の法的性格の検討

 本件条例によれば、建築主から同意を求める申請を拒否する決定をした場合に、町長は、同意を得ないで新築等をしようとする建築主に対し、中止の勧告又は命令をすることができる(7条)。この勧告は、行政処分に該当しない行政指導にとどまると考えられるが、命令については、違反に対する罰則等は定められていないものの、命令に従わない場合にその旨を公表され(8条1項)、本件条例上、命令の内容につき実効性を確保する法的仕組みが規定されている。したがって、本件条例は、命令を単なる事実上の行為とするのではなく、命令の名あて人である建築主に新築等の行為を中止する法的義務を課すという点で、命令を行政処分として定めているものと考えられる。

 また、本件条例の定める公表(8条1項)は、町民に対する情報提供としての事実上の行為と解されるものの、中止の命令に従わない建築主に対する制裁としての性格を有することは否定できないし、事前に弁明の機会を付与することも定められている(同条2項)。これらのことから、本件公表も、不利益処分に準じる法的性格を有すると解することができる。

◎処分性の指標①②への当てはめ

 本件条例に基づき町長が同意した場合、申請書を提出した建築主は、本件条例に基づいて町長がする新築等の中止の勧告・命令を受けること(7条)がなくなるが、上述したように本件条例に基づく中止命令が行政処分であることにかんがみれば、町長の同意は、申請をした建築主に対して、町長から中止命令を受けることなく新築等を行うことができるという法的地位を確定するものといえる。また、町長の不同意決定は、申請書を提出した建築主に対して、新築等の行為をすれば、行政指導である勧告をされるにとどまらず、行政処分としての中止の命令を受けるという法的地位に立たされることになり、建築主の法的地位を具体的に変動させる。

 このことと、本件条例において、同意・不同意の決定が申請に対する応答行為として規定されていることを併せて考えると、本件不同意決定は、条例に基づく町長の公権力の行使として、建築確認を得ている建築主の法的地位を具体的に変動させるものであり、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが条例上認められていると解され、抗告訴訟の対象となる行政処分に該当する。

 

訴訟類型選択と訴訟要件

 本問の設問2は、本件不同意決定につき処分性を肯定した上で、乙町長から同意を得るため、「誰を被告としてどのような訴訟を提起すべきか」説明せよ、というものです。また、本件不同意決定が違法であることを前提にする、また、仮の救済については検討しない、とされています。抗告訴訟に関する基礎的な理解と、訴訟要件について具体的に検討する能力を問うものと考えられます。問題文から離れず、丁寧な当てはめをすること、行訴法の条文を引きつつ明快で分かりやすい記述をすることを心がければよいと思います。

 Aとしては、乙町長から同意を得ることを求めていること、本件不同意決定とそれに続く行政措置により新築行為が妨げられている法的状態を取り除き、適法に新築行為を行えることが実質的な紛争解決につながることから、本件申請に対する町長の同意を求める申請型義務付け訴訟(行訴法3条6項2号)を提起すべきと考えられます。この場合、被告となるのは、義務付け訴訟について取消訴訟の規定を準用する行訴法38条1項により、取消訴訟と同じく、処分を行った行政庁が所属する国又は公共団体です(同法11条1項1号)。本件不同意決定をした町長が乙町に所属する行政庁であることから、本件義務付け訴訟の被告は乙町となります。

 申請型義務付け訴訟は、取消訴訟等と併合提起することが求められます(同法37条の3第3項)。本件では、申請を棄却する旨の本件不同意決定がされており、本件不同意決定について取消訴訟の出訴期間(同法14条1項)を徒過していませんから、本件不同意決定の取消訴訟の併合提起となります(同法37条の3第3項2号)。この取消訴訟について、本件不同意決定には処分性が認められ、申請拒否処分をされたAに原告適格(同法9条1項)があることは明らかです。上述したように、出訴期間につき問題はなく、取消訴訟に関する上記以外の訴訟要件も満たすと考えられます。また、併合提起される取消訴訟が請求棄却とされると義務付け請求は却下されるという解釈が考えられるところ、本問では本件不同意決定が違法であることが前提とされており、この点でも本件義務付け訴訟は適法と考えられるでしょう。

 さらに、申請型義務付け訴訟の訴訟要件について検討すると、本件不同意決定に処分性があることは前提とされており、Aは本件条例に基づいて適法に申請をしていることから、「法令に基づく申請をした者」に該当し、原告適格は認められます(同法37条の3第2項)。

 

 私がざっくりと検討したところでは、設問2は、上記のようなことがらについて答えればよいと思われます。訴訟要件について、義務的に併合提起を求められる取消訴訟との関係性など、予備試験としては少々レベルが高いという印象もありますが、判例・学説が分かれる部分まで問うという趣旨ではないのでしょう。六法が手許にあることが前提なので、行訴法の条文をしっかりと押さえて解答すればよいと思います。

 

<余滴> 本件不同意決定の違法・本件条例の違法

  問題文には、「本件不同意決定が違法であることを前提にして」説明するよう指示されていますから、本件不同意決定の違法の主張(本案の主張)について考える必要はありません。しかし、せっかくの設例ですから、本件条例の定める「同意」の法的仕組みを読み解いてみましょう。第1回で示した指針1を思い出していただき、「町長」の行為規範として、「同意」の要件(行為要件=処分要件)を抽出します。

 その前に、本件条例全体の構造を確認しましょう。1条が目的規定、2条が定義規定です。本件条例のタイトルを見れば、「モーテル類似旅館」について何らかの規制をするための法的規範であることはわかりますが、そもそも「モーテル類似旅館」とは何なのか、定義規定を見る必要があります。そして、「モーテル類似旅館」の新築・改築行為を規制すること、その規制の目的が善良な風俗・清純な生活環境の維持にあるといことが、目的規定から読み取れます。そこから先、3条から8条まで、具体的な規制の仕組み・手法について、「町長」の行為規範として定められているのです。個別行政法は、基本的なフォーマットを持っているので、少しなれてくると、簡単に読めるようになります。

 3条は、「建築主」が主語になっていますが、私の指針1では、「町長」の行為規範として「読み直す」ことになります。4条・5条・6条と併せて考えると、「同意」に関する「町長」の行為要件は、次のように整理されるでしょう。

 ①建築主等から(同意を求める)申請書が提出されること

 ②モーテル類似旅館建築審査会に諮問すること

 ③申請書記載の設置場所が5条各号に該当しないと判断されること

 ④同意・不同意の決定を通知すること

 上記のうち、①②④は行政手続に関することがらであり、さらに、申請に対する処分と解釈されるなら、行政手続条例が定める手続上の法的規律が及ぶことになります。上記③がいわゆる処分要件であり、町長の決定が実体上違法であるか解釈する場合(処分要件の充足・不充足、裁量権の逸脱・濫用の有無など)のポイントになります。また、町長の決定を第三者が取消訴訟等で争う場合の原告適格の解釈において、上記③や、1条の目的規定に着眼する必要があることも、行政法をひととおり学んだことがある方ならイメージできるでしょう。*13

 ここまで来れば、本件条例7条・8条について、「町長」の行為規範として読み解くのは簡単だと思います。個別行政法の「読み方」の一例として、経験値を上げることに役立てば幸いです。

 

 それでは、今回はこれで終わります。同意・不同意の処分性を論じるのは一筋縄ではいきませんが、処分性という解釈問題を考える面白さを示すことができたなら幸いです。では、またお会いできることを願っています。

 


     ※第2回正誤表

判例の定式 注9の前の箇所  ×昭和37年  ⇒〇昭和39年

付表1 指標1(その3)の最後 ×重大な損害の⇒〇重大な損害を

付表1 指標2=Cの3番目   ×同意許否  ⇒〇同意拒否


 

*1:「司法による行政のチェック機能」が問題となる行政裁判では、主権者である国民に対する裁判官の説明のあり方が重視されるべきです。そうでなければ、裁判官という職業的集団に特有の判断(しばしば、「合理的である」、「理由がある」、「相当である」などの言説で文章化されます)を国民側から評価できません。私が、裁判所による法令解釈のレベルを図る物差しとして「仕組み解釈」を提案したのは、このような意図によるもので、フランス留学時代にイヴ・ゴドメ先生の著作から学んだ私自身の「気付き」に由来します。

*2:当時、「偽装ラブホテル」問題などと言われ、社会問題となっていました。

*3:問題文には、建築確認に関する特段の説明はありません。行政法をひととおり勉強すると、いろいろな場面で建築確認が素材となることから、あえて説明をする必要がないということなのでしょう。

*4:建築確認は建築基準法にいう「建築基準関係規定」の適合性を判断する行政処分であり、建築確認を受けた建築主は、当該建築行為を適法に行うことができるという法的地位を獲得します。

*5:私は、平成7年最判について、法律の仕組み全体をとらえて処分性を柔軟に解釈する判例の傾向に照らし、処分性を認めるという判例変更が望まれると考えてきました(行政判例ノート149頁)。この問題について、北村喜宣先生の判例解説(宇賀克也他編『行政判例百選Ⅱ〔第7版〕』(有斐閣・2017)325頁)が大変参考になります。

*6:たとえば、東京高判平成30年10月3日判例地方自治451号56頁があります。

*7:判決を簡略化した事例モデルを提示し、(現在の)法令を掲げ、判決文の構造に沿って解説するスタイルの書き物をよく目にします。私自身は、判決時点と現時点の法令の「違い」がどうしても気になって馴染めないのですが、学生の方々は各種取り揃えていらっしゃるようです。

*8:原告適格であっても、「周辺住民型」でないタイプの事例(最判平成26年1月28日民集68巻1号49頁・判例ノート17-1〔A〕など)、あるいは、「周辺住民型」であっても財産権侵害が被侵害利益である事例(最判平成14年1月22日民集56巻1号46頁・判例ノート17-8など)では、「定型」が崩されていることにも注意が必要でしょう。

*9:最判平成15年9月4日(判時1841号89頁・判例ノート16-17)の判決文では「法を根拠とする優越的地位」とされていますが、記載例では何をもって「優越的」といえるか説明されていないと感じます。

*10:本問は、条例に基づく町長の処分ですから、直接的には行政手続条例の問題になります(行政手続法は適用除外と考えられます)。

*11:申請を拒否する決定について、「申請権を侵害する法的効果をもつ」として処分性を認めると説明するものとして、稲葉馨他『行政法〔第4版〕』(有斐閣・2018)226頁(村上裕章)があります。

*12:塩野宏『行政法Ⅰ〔第6版〕』(有斐閣・2015)292頁。

*13:さらに、本件条例と国レベルの法令の牴触関係を論点として、本件条例が違法・無効(その結果として本件不同意決定も違法)でないか等の解釈を問うことも考えられます。福岡高判昭和58年3月7日行集34巻3号394頁(判例ノート3-3)をイメージして旅館業法との牴触関係を論じさせる、あるいは、建築基準法との牴触関係を問うことも想定されます。このような場合も、本件条例から、規制の目的、規制対象となる旅館の定義、具体的な規制の仕組みを読み取ることが必要になります。

Copyright © 2021 KOUBUNDOU Publishers Inc.All Rights Reserved.