はじめに
2020年、新型コロナウイルスのまん延により、私の講義も全てオンラインとなる中、『行政判例ノート〔第4版〕』(弘文堂。以下、『行政判例ノート』と記載)を刊行することができました。*1同書は、講義用に配信した教材をベースに、受講された方々の意見や反応を取り込んで作成しました。オンライン授業の特性を活用しつつ、学生が「ひとり」でも予習・復習できるように、工夫を重ねたものです。
行政法を学ぶにあたり、判例学習は欠かせません。しかし、行政法には、民法・刑法など他の法律科目とは異なる要素があり、判例学習でもこのことを意識する必要があります。『行政判例ノート』は、判例を掲げつつ論点や学説を「解説」するのではなく、判例に内在する「ロジック」や「考え方」を抽出し、解釈の道具として使えるかたちに整理して示すことを意図しています。同書のスタイルについては、解説が薄い、説明が不十分という評価を受けることがあります。しかし、これは、判例それ自体を素材に学ぶという、行政法の特質を踏まえた独習可能な教材を目指した結果です。
他方で、行政法の基本となる「ロジック」や「考え方」を学んだうえで、事実に即して個別行政法を解釈し、説得力のある結論を導くスキルを身につけるには、ケース(設例)を用いた演習も必要でしょう。これは、講義で実践することになるのですが、今回、弘文堂スクエアからのお誘いがあり、具体例に則して行政法の「使い方」を解説する記事を連載することになりました。『行政判例ノート』、あるいは、櫻井敬子先生と私の共著『行政法〔第6版〕』(弘文堂・2019)をお読みいただいている方々を念頭に、それらの(やや抽象的な)内容をかみ砕いて説明し、ケース(具体例)に則して説明したいと思います。また、行政法を学ぶことが将来どのように役立つか、行政法の論述問題を解くためには何が必要か(私自身は、ほんの少し「コツ」を掴むと行政法は必ず「楽勝科目」になると思っています)などについても、私の経験や考えを記したいと思います。設例は、主として、司法試験予備試験の記述式問題を素材とする予定です。予備試験の問題は、学生の関心も高いようですし、私なりに問題の内容を検証したいという思いもあります。
行政法は「特異」な科目
行政法を学ぶポイントを分かりやすく指摘したものとして、伊藤建弁護士のブログがあります。
伊藤先生は、気鋭の法律家として多方面で活躍されていますが、慶應義塾大学法科大学院の私のクラスで学ばれていました。今では授業のゲストスピーカーなどで大変お世話になっており、真摯に学生と向き合う姿勢にはいつも大きな感銘を受けています。
伊藤先生は、民法、刑法など他の科目と対比して、行政法の特質を文章化されています。皆さんも、民法、刑法の試験を受けたとして、全く初めて見る条文が出題されるというイメージはないでしょう。しかし、行政法では、ほとんどの学生にとって「初見」となる個別法の解釈が求められますから、その「特異」性は明らかです。伊藤先生は、民法など「通常の法律科目」では「その科目の法律の条文や攻撃防御方法のパターン」を身につけて「手数を増やす」ことが実力向上につながるのに対し、行政法では、「判例や事例問題から抽象化されたルールを学び、それを初見の個別法に適用しながら、個別法を読み解くというスキル」が必要と指摘されます。行政法では、一見複雑な情報処理を求められますが、そうであるがゆえに、抽象化された「考え方」を応用するスキルが必要ということでしょう。
私が『行政判例ノート』で実践しようとしたことは、225個の行政判例を選び出して体系的に整理し、それぞれの判例が示す解釈枠組み・論証の道筋(=ロジック)を「見える化」する、ということです。伊藤先生の表現をお借りすると、判例を「抽象化」し、個別法の解釈に適用できる「ルール」として提示する、ということになるでしょう。さらに、他人が整理したものを眺めるだけでは実力はつきませんから、判決文に下線を引き、POINTの中で一般化・抽象化した文章も示し、覚えるべきものは覚えられるようにしています。
以上のようなコンセプトを知っていただくことは、行政判例を学ぶイメージを掴むことにつながるでしょう。そして、さまざまな個別法、行政判例に共通する「考え方」を押さえたら、今度はこれを具体例に「応用」し「使える」能力を獲得します。この連載は、「具体的であると同時に抽象的」*2な行政法のスキルを、学習者に体得してもらいたい、という願いから執筆されます。
櫻井敬子先生の言葉をお借りすると、行政法には「この分野独特の空気感」があります(大島義則先生の著作『行政法ガールⅡ』(法律文化社・2020)の帯に寄せた推薦文から引用。大島先生のご著作は、行政法の「空気感」を確実につかまえるための最良かつ最強のガイドです)。次に、行政法の「特異」性なり「空気感」を理解し、これを得意科目にするための私なりの指針として、次の3点を提示したいと思います。これら3つの指針は、この連載全体を通して、行政法を学んでゆくための(行政法を「楽勝科目」に変えるための)基軸となります。*3
<指針1> 個別法のとらえ方=行為要件を軸に読み解く
行政法の基本原理といえば、まず思い浮かぶのが「法律による行政」の原理でしょう。行政活動(行政作用)は、法律に基づき、法律に従って行われなければならないことを意味します。*4ここでいう「法律」とは、主権者である国民を代表する国会が、立法権の行使として制定する法律を意味しますし、自主立法権の行使として定められる条例も含めて考えてよいと思われます。「法律による行政」の原理のイメージは、次のようなものです。
ところで、上記のイメージは、個別行政法の解釈技術の習得とは結びつかないかもしれません。この点、「法律による行政」の原理が通用しているということから、行政法令は行政機関の行為規範である、ということが読み取れます。要するに、行政法令は、誰が、どういう場合に、何をするか(しないか)を規律しているのであり、主語+行為要件(≒処分要件)+行為内容(≒効果)という構造で読み解くべきなのです。
行政法令が行為規範であるということは、裁判規範の典型である民法とは、特に大きな違いがあることになります。*5私としては、行政法の解釈技術を学ぶ初期の段階で、行政法令の構造(「法律による行政」の原理の反映でもあります)に、行為規範という共通項があることを自覚するとよいと思っています。たとえば、予備試験の過去10年分の論述問題をざっと見ると、資料として掲げられている個別法は、①旅館規制条例、②下水道条例・下水道排水設備指定工事店に関する規則、③景観法、④漁港漁場整備法、⑤河川法・河川法施行令、⑥風営法(+同法に基づく不利益処分の処分基準)、⑦廃棄物処理法・廃棄物処理法施行規則、⑧消費生活条例、⑨屋外広告物条例・同条例施行規則、⑩都市計画法・開発事業の手続及び基準に関する条例となっています。文字通り、個別ばらばらに見えるし、地方公共団体の条例も好んで取り上げられています。
しかし、このような行政法令・例規*6を、ばらばらに考えたのでは、行政法は「得意科目」になりません。そうではなく、個別法は行政の行為規範なのですから、「主語」があって、その行為規範(行為要件と行為内容)が定められているという「見通し」をもつべきです。立法者は、どの行政機関が、どういう場合に何をするか、定めます(そうでなければ、行政機関は、法律に即して活動することができません)。「法律による行政」とは、そのような趣旨です。したがって、問題を解く場合も、参照条文について、行為要件(行政処分であれば処分要件)がどのように定められているか「読み解く」ことができれば、ずっと「見通し」がよくなるのではないでしょうか。
もちろん、個別法のとらえ方=行為要件を軸に読み解く、という指針を知っているだけでは、十分に役に立つとはいえません。連載の中で、この指針の「使い方」をマスターして行きましょう。指針を明確に意識することによって、問題を解く作業が、場当たり的な繰り返しではなく、着実な積み上げにつながると思っています。
<指針2> 判例の学び方=ロジックを意識し、キーフレーズを押さえる
指針1では、「法律による行政」の原理から、個別法を行為規範として読み解くという方法論を導いてみました。次に、「行政法という名前の法律はない」という、行政法を学ぶと必ず出てくる表現を起点に、行政判例を学ぶ2番目の指針を考えてみましょう。
以下、私が講義の初回に示すパワポ画面のひとつを示します。
この図は、行政法には、民法、刑法のような基本法典はなく、国の法律レベルで見ても約2000本とも言われる多数の法律(さらに条例が加わります)が素材となることを示します。行政手続法、行政事件訴訟法、国家賠償法など通則的法律はありますが、具体的な行政上の法律関係を解析するには、条例を含む個別法の解釈が欠かせません。
このことは、行政判例の重要性を示すものでもあります。初学者の場合、行政法のフィールドでは、民法などで基本法典に条文化されている内容が判例として示されている、というイメージを持つとよいと思うのです。基本法典を欠く行政法では、個別法の解釈に欠かせない「枠組み」が判例によって形成されており、判例から抽出したロジックを使いこなさないと安定的に個別法を解釈できません。基本法典の条文(その解釈論)をマスターする感覚で、行政判例にアプローチする必要があります。
さらに行政法において、最高裁判例のもつ意味には、特に大きなものがあります。権力分立原理の下で、司法府たる裁判所による行政法令の解釈は、行政府による法令解釈に縛りをかける(法律・条例が体現する立法者意思を端的に示す)という要素があるためです。『行政判例百選Ⅰ・Ⅱ〔第7版〕』(有斐閣・2017)が、200を超える項目を全て最高裁判決から拾っているのは、十分に理由があることです。*7
以上から、基本法典を欠き、多数の個別法を解釈する行政法において、判例が特に重要であることはイメージできたと思います。そこで、次は、行政判例をどのように学ぶかです。私としては、判例の学び方=ロジックを意識し、キーフレーズを押さえる、ことを本連載全体の第2の指針として掲げたいと思います。
判例から「ロジック」や「考え方」を抽出する意味は、すでに繰り返し述べました。この段階の判例学習は、他の法律科目で基本法典の条文解釈を学ぶのと同じ、という心がけで取り組んでほしいと思います。次のステップは、判例から学んだ「ロジック」を応用するスキルを身につけることです。私としては、このステップでは、判例のキーフレーズを覚えて使ってみることを推奨しています。自分で使えるようなかたちで、判例のキーフレーズを取り出し、自分の書く起案・答案の要所で使ってみる、という方法です。
行政法の論点といえば、処分性、原告適格、行政裁量をはじめ、訴訟類型選択、事前救済型の救済手法の使い方、国家賠償請求の要件、損失補償の可否、法規命令の適法性などが頭に浮かぶでしょう。これらについて、通則的法律を押さえつつ、個別法を解釈することになるのですが、ここで、判例が用いている「ロジック」を枠組みとして使い、事実を評価し、法を解釈したうえで、適切な当てはめにより結論を導くことが必要です。その際、自分ではひねり出すことのできない、判例の「キーフレーズ」を要所要所で借用して、自分なりの起案を構成する、というイメージを持つとよいのではないでしょうか。
この点についても、これから具体例を使って実践できれば、と思っています。私としては、判例の「キーフレーズ」を借用して文章を作ってみるというイメージを持ってさえいれば、そのようにしてできあがった文章は、少なくとも判例の採っている「ロジック」を踏まえたものになる、と思うのです。このようにして作った答案・起案を自分自身や友人、先生に評価してもらうことによって、「ロジック」の使い方を身につけ、アウトプットのレベルが着実に向上するのではないか、と考えています。この中には、判例が確立した「規範」があるなら、それを明示して当てはめるという作業(たとえば、行政裁量の司法審査であれば、「全く事実の基礎を欠くか、又は社会通念に照らし著しく妥当性を欠く」という「規範」を示して、具体的な当てはめを行い、裁量権の逸脱・濫用の有無を判定する、というイメージです)も含まれるのですが、さらに一歩進んで、解釈枠組み・ロジックの組み立ての「要」となる部分について、判例の「キーフレーズ」を埋め込む感覚を求めたいと思うところです。
<指針3> 事例問題の考え方=目の前にある事案の処理に集中する
最後の指針は、事例問題の考え方に関わります。行政法の事例問題は、下級審の裁判例をモデルに作成されるのが普通です。かつて別の本に書いたように、行政法の問題は、生の事例(裁判例)がまず存在していて、これを出題者が加工するという作られ方をします。*8
ということは、行政法の事例問題のベースは、裁判の当事者が行政と争うべく大変な苦労をして主張を重ねた結果としての判決文であり、学者的な意味での理屈が先行してできあがったものではありません。行政法が苦手な人にありがちなのは、行政法の事例問題を考える際に、自分が理解した理屈で「枠組み」を作ろうとして、「枠組み」がうまく作れなかったり、出題意図とは大きく外れた答案になったりすることです。でも、事例問題の作られ方からして、自分の理屈から逆算することはそもそも間違いです。そうではなくて、問題に提示されている事実、参照を求められている個別法の条文を読み解いて、問われていることに素直に対応する姿勢が求められるのではないでしょうか。
先ほどから、行政法では、判例から抽象化した「考え方」を応用する、多数の個別法に横串を刺す共通要素を押さえる、という説明をしてきました。すると、行政法では、論点ごとに何らかの「手順」や「枠組み」を設定して答案を作るイメージをお持ちになったかもしれません。しかし、そこには誤解があります。自分で勝手に「土俵」を作るのではなく、あくまでも問題文に従う(言い換えるなら「誘導」に乗る)、問題文で示されている事実をできる限り拾って答案に活かすという感覚が大切だと思います。問題文に書かれた事実について「付箋を張る」イメージで起案する、という感覚でしょうか。そもそも、行政を相手に処分や行政指導が違法と主張しなければならないのですから、自分はこう考えるという姿勢ではなく、可能な限り自分に有利な主張を尽くすのは当然です。「こうあるべき」というきれいな理屈ではなく、目の前にある紛争に正面から全力で取り組むという感覚で、事例問題の考え方=目の前にある事案の処理に集中する、というマインドが必要ではないでしょうか。
たとえば、行政裁量の司法審査について、「目的違反・動機違反」による審査と、考慮要素に着目した判断過程統制手法を用いた場合の「他事考慮」の指摘のどちらを用いるべきか迷ってしまう、という質問を受けることがあります。問題を処理する「手順」から先に考えると、このような疑問が生じやすいと思います。しかし、実際の紛争をイメージするなら、行政側と争う当事者は、行政側に裁量権の逸脱・濫用があると主張して裁判官を説得しなければならないのですから、事実に即して主張できることを可能な限り主張するでしょう。自分で「土俵」を作ってしまうのではなく、目の前の事案について使えるツールを使って対処する、という柔らかい発想法に転換すべきではないでしょうか。上記の質問については、どちらを用いるべきかではなく、使えるものを使う、という方向で考えるべきということになります。
行政裁量については、判断過程統制手法を使うとして、考慮要素の抽出方法や、他事考慮・考慮不尽・評価の過誤という下位規範への当てはめ方がわからない、という疑問を抱く学生も見受けられます。しかし、具体的な事例なり問題では、根拠規範に照らして何を根拠に(手がかりに)、どのような性質の行政裁量が存在しているか、という解釈論が先行しているはずです。たとえば、土地収用の事業認定について、土地収用法20条3項の定める「土地の適正且つ合理的な利用に寄与する」という要件該当性についてであれば、その土地が事業の用に供されることによって得られるべき公共の利益と、土地が事業の用に供されることによって失われる利益との比較考量について諸要素・諸利益の総合判断を必要とするという部分で行政裁量が認められる、と考えられます。ここから、当該事業が生み出す利益と、収用により失われる利益との比較に用いられた(あるいは、用いられるべき)考慮要素を拾ったうえで、上記のような趣旨(根拠規範が裁量を認めている趣旨)を基軸にしながら他事考慮・考慮不尽・評価の過誤に当てはめた主張を考えてゆけばよいと思うのです。
「仕組み解釈」のイメージ
① 成田新幹線訴訟の紹介
最後に、私がかねて主張している「仕組み解釈」について、判例を使って具体的に説明してみたいと思います。*9『行政判例ノート』164頁、判例16-13として掲載した成田新幹線訴訟(最判昭和53年12月8日・民集32巻9号1617頁)を取り上げましょう。成田新幹線の建設をめぐり、運輸大臣(当時)が日本鉄道建設公団(当時)に対して行った工事実施計画の認可に対して、建設が予定されていた江戸川区・土地改良区・住民らが取消訴訟で争ったケースです。最高裁は、工事実施計画の認可について、「監督手段としての承認の性質を有するもので、行政機関相互の行為と同視すべき」であり、「これによって直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定する効果を伴うものではない」として、処分性を否定しました。
最高裁のロジックは極めてシンプルで明快です。監督官庁と特殊法人の法的関係について、上級行政機関と下級行政機関に類比される行政組織内部的なものと整理し、行政主体の外側にいる国民の法的地位を変動させるものではない、というものです。
成田新幹線訴訟の最高裁判決は、国とは法人格の異なる特殊法人であっても、主務大臣との関係は行政組織内部の法関係(内部法)であり、工事実施計画の認可は行政組織内部の行為に過ぎず、国民との関係で処分性はないとします。これに対して、特殊法人であっても、国とは独立した法人格を有する以上、法関係の公正性・透明性の観点から、一律に内部法と扱うのは問題であるとの指摘がされています。*10
なお、現在の全国新幹線鉄道整備法6条は、国土交通大臣が指名した法人が、大臣と協議・同意のうえで営業主体・建設主体となる仕組みを規定しています。たとえば、東京地判令和2年12月1日裁判所HPは、リニア中央新幹線建設に係る工事実施計画認可の取消訴訟について原告適格の有無を判示していますが、国土交通大臣から認可を受けているのはJR東海ですから、上記最判の射程は及ばす、認可につき処分性が認められることは当然の前提とされていると考えられます。
② 法的仕組みの解析(その1)
処分性に関する判例を押さえるとう意味では、①の説明で十分かもしれません。しかし、判決を素材に行政法の解釈技術を「体験」するという趣旨で、事件当時の全国新幹線鉄道整備法(当然、現在とは違う条文です)を参照してみましょう。この判例には、塩野宏先生の解説があります。*11塩野先生ならではの「仕組み解釈」が展開されていて、法令解釈の「方法」とは何か、その一端について「気付き」が得られるでしょう。
全国新幹線鉄道整備法(事件当時のもの)
5条① 運輸大臣は、鉄道輸送の需要の動向、国土開発の重点的な方向その他新幹線鉄道の効果的な整備を図るため必要な事項を考慮し……、建設を開始すべき新幹線鉄道の路線(以下「建設線」という。)を定める基本計画(以下「基本計画」という。)を決定しなければならない。
7条① 運輸大臣は、政令で定めるところにより、基本計画で定められた建設線の建設に関する整備計画(以下「整備計画」という。)を決定しなければならない。
8条① 運輸大臣は、前条の規定により整備計画を決定したときは、日本国有鉄道又は日本鉄道建設公団に対し、整備計画に基づいて当該建設線の建設を行なうべきことを指示しなければならない。(以下略)
9条① 日本国有鉄道又は日本鉄道建設公団は、前条の規定による指示により建設線の建設を行おうとするときは、整備計画に基づいて、路線名、工事の区間、工事方法その他運輸省令で定める事項を記載した建設線の工事実施計画を作成し、運輸大臣の認可を受けなければならない。(以下略)
上記の条文を見れば、「行為規範」であることは一目瞭然です。これらを踏まえて、運輸大臣と日本鉄道建設公団の相互の関わり方について、図にしてみましょう。左から右に時間軸が進行すると考えてください。
このように、全国新幹線鉄道整備法の仕組みは、運輸大臣(当時)が基本計画(5条。その後、運輸大臣は国鉄または公団に対して調査の指示をします。6条)、整備計画(7条)を決定し、国鉄・公団に建設の指示をし(8条)、この指示を受けた国鉄・公団が具体的な工事実施計画を作成し、大臣の認可を受ける(9条)、というものです。最高裁は、国と公団の法関係が行政組織内部法であるという抽象論から結論を導くものですが、上記のような仕組みを見ると、工事実施計画の認可は、運輸大臣の指示を受けて実施される建設工事を監理・監督する性質のものであることが解ります。ここから、成田新幹線訴訟の最高裁判決については、行政組織の内部か外部かという抽象論のみから結論が導かれたものではなく、上記のような法的仕組みと、事件当時の公団の組織法上の位置付けとを併せて評価した結果であるという「読み方」ができることになります。
塩野先生の解説は、上記のような「工事実施計画の認可の制度」を重視し、「このようなシステム」すなわち運輸大臣の指示についてその実行行為を監督するシステムと、「公団の組織に関する国の諸種の関与権を照らし合わせる」ことから、「少なくとも、工事実施計画の認可は、内部監督的手段である」との結論を導くことができるのではないか、というものです。一律に内部関係と性質決定して単純かつ演繹的に結論(認可の処分性否定という結論)を導くのではなく、実定法の定める「制度」の「仕組み」を精査しようとする解釈の「方法」が示されています。
では、塩野先生の「仕組み解釈」には、実益があるのでしょうか。塩野説では、国の公団に対する「あらゆる関与手段」を組織内部法と解釈するのではなく、「個別の行為ごとに、その法的性格を吟味して判断されるべきこと」になります。ここに、実定行政法令の仕組みを精査すべき、という行政法解釈の方法のエッセンスがみてとれます。
③ 法的仕組みの解析(その2)
成田新幹線訴訟における工事実施計画認可の処分性をめぐって、上記とは異なる視点も問題となります。本件認可が、国民の法的地位を変動させるものか、行政過程におけるタイミングの問題(その行為をとらえて抗告訴訟を提起する「紛争の成熟性」が認められるか)という切り口です。以下、工事実施計画の認可から先の行政過程について、簡単な図にしてみましょう(条文の紹介は省略します)。
工事実施計画には地図上に線路の位置が示されますから、本件認可によって、工事が予定される具体的な土地(幅約200メートルの帯状の土地)は決定されたことになります。ゆえに、この予定地内に土地等の権原を有する者であれば、個別具体的な法的地位の変動があると解釈することができそうです。しかし、最高裁は、内部行為論によって、このような解釈を否定しました。
他方、上記の図を見ると、本件認可の後、運輸大臣は、新幹線建設に要する土地で必要があると認めるときは「行為制限区域」を指定することができ(当時の全国新幹線鉄道建設法10条)、行為制限区域での土地利用等は制約が課されます(同11条)。原告側から見れば、工事実施計画が認可されれば、建設に反対する住民らの所有地が行為制限区域に指定される蓋然性が高いことになるでしょう。しかし、最高裁判決の調査官解説は、行為制限区域に指定された結果として生じる法的効果は、工事実施計画の認可によって「直接に生ずる効果でないことはいうまでもない」と言い切っています。*12さらに、原告側住民が建設反対を続けると、土地収用裁決により土地を収用されることが想定されます。工事実施計画の認可につき処分性を否定した最高裁判決は、認可に後続する行政過程を視野に収めた場合でも、認可のタイミングで「紛争の成熟性」は認められず、住民らが抗告訴訟を提起するとしても、もっと後のタイミングをとらえればよいという考え方に立っていたことが読み取れます。
このような判例の解釈論については、新幹線の建設プロセスが進行した段階ではなく、もっと早いタイミングにおいて裁判で争うことが望ましいのではないか、との疑問・批判が生じるところです。判決は昭和53年ですから、当時、土地区画整理事業計画の決定について処分性を否定した最高裁判例(最大判昭和41年2月23日民集20巻2号271頁。行政判例ノート16-14)が通用していたことも、成田新幹線訴訟判決のロジックを支えていたものと考えられます。しかし、土地区画整理事業計画の決定・公告については判例が変更され(最大判平成20年9月10日民集62巻8号2029頁。行政判例ノート16-15)、事業計画決定に後続する「換地処分を受けるべき地位に立たされる」というキーフレーズにより処分性が認められるに至っていることは、行政法を学ばれている方であればよくご存じでしょう。
行政過程の中間的行為の処分性は別の機会に考察することとして、今回は、上記のように法的仕組みを図にしてタイミングを考える、という「考え方」をイメージしていただきたいと思います。ちなみに、成田新幹線訴訟に関する塩野先生の解説では、「土地収用裁決の取消訴訟の段階での事情判決については、争いの全過程から考察する限り、その適用の余地はない」との記載があります。これは、行政過程の早いタイミングの行為の処分性について、後続の行政処分を争うことができるから否定してもよいという(当時の)判例の考え方について、後続処分に対する抗告訴訟で事情判決を使わないように「釘を刺す」という、塩野先生ならではの鋭い言説です。私自身は、平成20年大法廷判決*13を読んだ瞬間、上記の塩野解説を思い出しました。塩野解説は、優れた「仕組み解釈」のありようをよく示しています。
では、初回はこれくらいで終わりたいと思います。成田新幹線訴訟について示した3種類の図は、今後、行政法の事例問題を考える際に、同じような「考え方」を「見える化」したものと考えてください。それでは、またお会いしましょう。次回は、処分性の「考え方」をとりあげる予定です。
*1:同書を諸先生方に献本したところ、塩野宏先生、宇賀克也先生などから暖かいコメントをいただき、大きな励みとなりました。また、原田大樹先生からは、先生ご自身の優れた新著『判例で学ぶ法学・行政法』(新世社・2020)を執筆するにあたって、判例集をひとりで作るという試みとして『行政判例ノート』から刺激を受けた、というコメントをいただきました。私としては、行政判例に関する議論が多様化することこそ望ましいと考えており、原田先生のコメントはとてもうれしいものでした。
*2:櫻井敬子・橋本博之『行政法〔第6版〕』(弘文堂・2019)2頁
*3:行政法については、「空気感」を自分なりにイメージすることなく、民法などと同じノリだろうと高を括って取り組むと、時間をかけて勉強しても実力向上の「手応え」がなく、様々な個別法と出会うたびに「頭が真っ白」になってしまう危険性があります。個別法の解釈技術を学ぶという「自覚」が必要なのだろうと考えています。
*4:櫻井・橋本・前掲注(2)12頁以下。
*5:裁判規範と行為規範の相違については、読者の方の法律への「馴染み方」のレベルによって説明も変わると思います。最も初心者であれば、裁判規範とは、私人(当事者)のあいだで紛争が生じた場合を念頭に置いて、それを解決するルールであるとイメージするとよいでしょう。行政法のフィールドで扱う個別法は、特定の行政機関が、どのような場合に、何をするか・しないかを事前に定めるものですから、質的な相違があることが理解できると思います。
*6:法律と命令を併せたものを「法令」、地方公共団体の条例と規則を併せたものを「例規」と呼びます。
*7:『行政判例ノート』では下級審の裁判例も拾うこととしましたが、やはり中心となっているのは最高裁判例です。
*8:橋本博之『行政法解釈の基礎』(日本評論社・2013)48頁以下。
*9:私の考え方に対しては、個別法の仕組みの精査が必要なのは当然であって、特に「仕組み解釈」論などという意味はない、などのご批判をいただいくところです。私としては、行政裁判実務を念頭に、「仕組み解釈」論の「質」の向上が、「司法の行政に対するチェック機能」の実効性を高めるのに役立つと考えているのですから、「仕組み解釈」が裁判実務や教育現場での常識であるなら、喜ばしいことです。ただ、「仕組み解釈」という考え方は、民法などと異なる行政法の「特異」性を踏まえたものであることだけは、よく理解してほしいと思っています。
*10:櫻井・橋本・前掲注(2)38頁。
*11:塩野宏「解説」ジュリスト増刊昭和53年度重要判例解説48頁以下。
*12:石井健吾「解説」『最高裁判所判例解説民事篇昭和53年度』(法曹会)539頁。
*13:最高裁は、土地区画整理事業の法的仕組みが、①事業計画の決定・公告⇒②仮換地の指定⇒③工事の実施⇒④換地処分、というプロセスになっている中で、①のタイミングで処分性を否定し、④に対する抗告訴訟のみを肯定した場合、④の取消訴訟等において①の違法を主張し(①の処分性を否定すれば、違法・無効の主張ができます)、その主張が認められたとしても事情判決がされる可能性が相当程度ある、と述べています。工事が終わった段階で換地処分が行われる仕組みになっているのですから、当然です。平成20年大法廷判決は、ここに着目して、「実効的な権利救済を図るため」には、①のタイミングで処分性を認め、取消訴訟の提起を認めることに「合理性がある」というロジックを展開しています。