第7回 行政処分の違法

 

 それでは、2021年9月をもって中断していた当連載を再開します。2021年3月に掲載した第1回連載のタイトルは、行政法の「歩き方」でした。気分を新たに、シーズン2として、また歩き始めましょう! *1

 シーズン2では、行政処分の「違法」について考えます。行政法のフィールドでは、「違法」というキーワードがあちこちで登場します。行政判例は基本的に「司法による行政のチェック」の問題であり、ここでの「チェック」とは裁判所による適法・違法の判断です。「違法」の論じ方をマスターすることは、行政法全体の攻略とほぼ同義といって過言でないと感じます。

 議論の拡散を避けるため、「違法」の対象を行政処分に絞り、*2この問題の周辺を「歩いて」みましょう。

 

「本案の主張」という問い

 昨年のシーズン1では、「処分性」と「原告適格」を取り上げて、判例の採る解釈枠組みを整理してみました。これらは、行政事件訴訟法の定める抗告訴訟(取消訴訟など)の訴訟要件として、行政処分の違法を裁判で争う「入り口」にかかわる解釈問題です。法治主義(法律による行政)のもと、裁判所は行政活動が違法でないかチェックする役割を果すべきなのですが、国民の側が実際に裁判で争うには、処分性や原告適格といった高いハードルが設けられていることがイメージできたと思います。シーズン2では、行政事件訴訟を提起できたとして、行政処分が「違法」であることをどのように主張し、行政側を相手に争ってゆくか、という「本案の主張」の問題を考えます。

 行政法の記述式問題には、「あなたは、どのような訴訟を提起し、どのような違法事由を主張するか、行政側の反論を考慮しつつ、詳しく論じなさい」というテンプレートがあります。ここでの「本案の主張」とは、行政事件訴訟において当事者が争っている行政処分が「違法」といえるか、取消訴訟(行政処分の取消請求)であれば取消事由があるか、という解釈問題を意味します。行政処分の根拠規範である行政法令、いわゆる「個別法」の解釈が必要になり、「仕組み解釈」の方法に習熟することが特に求められます。
 

法治主義と行政処分の「違法」

 ひとくちに行政処分の「違法」といっても、視点の置き方によって、その意味内容は大きく変わります。「違法」の多元性こそ、行政法というフィールドの特色です。最も原理的に見ると、法治主義=法律による行政との関係で行政処分を含む行政活動の「違法」がとらえられます。法律による行政とは、行政活動は、法律に基づき、法律に従って行われることを意味します。行政活動の適法・違法は、法律による行政の原理と表裏をなすと考えられます。以下、第1回 連載で示した図を再掲します。

 上記の図のように、行政機関は、主権者である国民の代表である国会が定める法律によって公権力の行使(典型が行政処分です)を授権されており、行政処分が法律に違反すること、すなわち、違法な行政処分は許されません。

 ここから、幾つか問題が生じます。上記の図の法律(憲法に定められた自主立法として条例も含めることができます)は、立法者が行政機関に公権力の行使を授権する根拠規範と考えられます。他方、行政処分が法源性の認められる法の一般原則(比例原則、平等原則、信義則、権利濫用禁止原則など)に反するなら、やはり「違法」と評価されます。*3「法律」と言っても、形式的な意味での根拠法令(法律・条例+法規命令)のみでなく、もっと広く「法」を念頭に議論すべきことは明らかです。行政処分の根拠規範(根拠法令)を実質的に捉える必要があるのですが、根拠法令の「解釈」操作によって実質化される部分と、法の一般原則など根拠規範の外側にある規範があって、両者が完全に重なるものでない、という問題意識はとても大切です。

 また、行政処分であれば、行政手続法のような手続的ルールに違背していないか、重要な解釈問題になります。行政手続法(または行政手続条例)は、行政処分に求められる手続的規律ですが、行政処分の根拠規範とは性格が異なります。行政手続法は、規制規範であると説明できます。

 

行政処分の主要論点と「違法」

 行政法では、様々な問題局面で、行政処分(行政行為)が登場します。行政処分といっても、抗告訴訟の対象という意味で「処分性」を論じる場合もあれば、行政作用法=行為形式論の中で行政処分の定義・分類・効力論などを扱うこともあります。さらに、行政処分(行政行為)は、行政裁量の司法審査、行政手続法の解釈、国家賠償請求の要件など、行政法の重要論点において、議論を組み立てるパーツとなっています。

 学習者から見て、そもそも行政処分を具体的にイメージするのが難しい上に、行政処分(行政行為)とはこういうものだと思ったらまた違う論じ方をされることが繰り返されます。そこで、行政法の基本的な論点において、行政処分の「違法」がどのように扱われるか、簡単な整理をしておきます。ざっと確認してください。

◎行政処分(行政行為)の効力

⇒ 行政処分は、仮に「違法」であったとしても、「無効」でない限りは、正式に取り消されない限り有効と扱われる(公定力=取消訴訟の排他的管轄)。
⇒ 行政処分(行政行為)の瑕疵論として、取消原因たる瑕疵無効原因たる瑕疵の区別などが論点となる。

◎行政処分(行政行為)の取消し・撤回

⇒ 行政行為に「違法」または「不当」の瑕疵がある場合に、行政庁が自ら取消し・撤回できるか問題となる。
⇒ 「違法」「不当」の区別は、行政裁量の司法審査(不当は裁量権の範囲内と考えられる)、行政不服審査(違法のみでなく、不当まで審査できる)などで問題となる。

◎行政処分に起因する損害の国家賠償請求

⇒ 抗告訴訟(取消訴訟)の違法と、国家賠償法1条1項の違法の関係(異同)が問題となる。違法性同一説と、違法性相対説が対立している。
⇒ 紛争類型により、不作為(規制権限不行使)の違法などが問題となる。

 

行政処分の取消事由としての「違法」

 ウォーミングアップはこのあたりで切り上げて、行政処分の取消訴訟の「本案」である違法の解釈問題に入ってゆきましょう。

 行政と国民のあいだで具体的な紛争が発生し、これが裁判所に持ち込まれて、行政処分の適法・違法に関わる司法審査がされるという状況をイメージしてください。司法審査に関する問題設定や解釈枠組みは、行政処分をどのような訴訟類型で争うかによって変わります。ここから先は、行政処分の取消しを求める抗告訴訟(取消訴訟)を念頭において、本案の主張として行政処分の適法・違法をどう論じるべきか、検討します。

 まず、取消訴訟の本案における行政処分の違法(取消事由たる違法)のうち、主要なものを整理しておきます。この図を眺めながら、読み進めてみてください。

 

実体的違法=処分要件不充足と裁量権の逸脱・濫用

 最初に確認すべきことは、行政処分の取消訴訟における審理の対象=訴訟物、です。これは、取消訴訟の性質の理解とかかわりますが、通説的な理解によるなら、取消訴訟の訴訟物は行政処分の違法一般である、とされます。取消訴訟で争われるのは、まさに行政処分の違法です。上述したように、法治主義=法律による行政の原理に照らして、行政処分が違法なことは許されません。ゆえに、取消訴訟において、行政処分の違法は、その行政処分の取消事由となります。

 この文脈で、行政処分の違法とは、根拠法令が規定する処分要件を充足していないことであると言い換えることができるでしょう。処分要件の不充足は、取消事由たる行政処分の違法のプロトタイプ(原型)です。行政処分(その定義に照らして、国民に対する公権力の行使です)を授権する法令に照らして「違法」なのですから、次に述べる行政手続の違法でないという意味で、実体的違法ということになるでしょう。

 ここで、行政法に特有の重要な論点である行政裁量論が登場します。行政事件訴訟法30条は、次のように規定します。

行政事件訴訟法30条 行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる。

 取消訴訟において、行政処分が「裁量処分」であれば、単純に処分要件不充足が取消事由になるのではなく、裁判所が裁量権の範囲を超える(=裁量権の逸脱)、あるいは、裁量権行使につき濫用があると認定判断した場合にのみ、取消事由となります。行政裁量が認められる場合、行政処分の取消事由たる違法は、裁量権の逸脱・濫用がある場合に限定されるのです。これが、行政裁量の司法審査の問題であり、当連載でも、次回以降、さまざまな角度から丁寧に整理する予定です。

 処分要件不充足による違法と、裁量権の逸脱・濫用による違法は、全く異なる解釈枠組みのように見えるかもしれません。しかし、両者とも、行政処分の根拠法令(行政庁に行政処分を授権する法規範)に照らして適法・違法を判断するという意味では、基本的に同一線上にあると考えられます。行政処分における裁量は、それ自体が、根拠法令によって認められたものであるし、裁量権の逸脱・濫用を判断する手がかり(裁量権行使の合理性を判定するための法的規範)も、突き詰めると根拠法令から導き出されるからです。両者は、行政処分の取消訴訟において、実体的違法として括ることができるでしょう。

※覊束処分と裁量処分の区別?

 実体的違法には処分要件不充足と裁量権逸脱・濫用があるのですが、このように整理すると、行政処分がまず覊束処分と裁量処分に二分割され、覊束処分=処分要件不充足の審査、裁量処分=裁量権逸脱・濫用の審査、という図式になると考えてしまうかもしれません。確かに、ある時期まで、行政処分を覊束処分と裁量処分に分類する解釈方法が主流であり、行政事件訴訟法30条もそれを前提に立案されています。

 しかし、覊束処分と裁量処分の区別は相対化しており、裁量権逸脱・濫用の審査であっても行政処分(=裁量処分)の根拠規範を手がかりに司法審査がされるのですから、上記のような図式的解釈方法はあまり役に立たない、というのが私の見解です。また、仮に覊束処分と裁量処分を峻別するとして、その解釈を適切に行うことは、普通の学習者にとってかなり難しいのではないか、とも思えます。

 この問題は、次回以降、詳しく論じます。現時点でご関心のある方は、たとえば、最判平成9・1・28民集51巻1号147頁*4が、土地収用法の規定する「相当な価格」について裁量性を否定するロジックを検討してください。一見して不確定・多義的な処分要件なのですが、最高裁は、収用委員会の裁量権を否定しています。

 

行政手続の瑕疵と処分の取消事由

 行政処分は、行政庁による、国民に対する一方的・権力的な行為です。ゆえに、適正手続・公正手続の原則が要請され、国民が自らの権利・利益を手続的に防御することが必要かつ有効です。一般法としての行政手続法(行政手続条例)の規律が及び、「申請に対する処分」と「不利益処分」について、手続的ルールが定められています。それ以外にも、個々の行政処分の根拠法令において、手続的規律が定められている例が見られます。

 行政処分の「違法」には、行政手続法の違背(手続上の瑕疵)が含まれるのは当然と考えられます。しかし、行政処分の取消訴訟における本案=取消事由という観点では、行政処分に手続違反があった場合にその行政処分の取消事由となるかは、ひとつの解釈問題となります。手続に瑕疵があったとしても、単に行政側が手続をやり直しさえすれば同一内容の行政処分がされる、ということであれば、手続違反を理由に行政処分の取消判決を出しても、裁判の後、同じ内容の行政処分がされることになって紛争解決にならないとも考えられます。他方で、手続の瑕疵が取消事由を構成しないのであれば、わざわざ行政手続法を制定して行政側に適正・公正な手続を履践させる意味が大きく失われてしまうでしょう。行政処分を取消訴訟で争う場合に、手続上の瑕疵(理由提示の瑕疵、審査基準の設定・公表を欠くこと、審査応答義務違反、意見陳述手続の瑕疵など)の有無が争点となり、それらの瑕疵が当該処分の取消事由となり得るかというのは、「違法」に関わる重要なポイントです。

 行政手続の瑕疵とその扱い方については、当連載でも、詳しく取り上げて説明する予定です。ここでは、取消訴訟の「本案」たる行政処分の違法について、実体上の違法とは別次元で、手続上の違法(行政手続法への違背)が問題になることをしっかりとイメージしておいてください。取消訴訟の「本案」レベルで、行政処分の違法を論じる場合には、①実体上の違法、②手続上の違法、という2つの側面から検討するという「作法」があるのです。

※行政手続の仕組みと裁量審査の手法

 行政処分の違法は、実体上の違法と手続上の違法に分けて論じるのが「鉄板」であることは、上述したとおりです。他方で、実体上の違法、とりわけ、裁量権の逸脱・濫用の司法審査において、行政手続法(行政手続条例)が定める手続的仕組みが重要な役割を果すケースが増えています。

 たとえば、行政処分に一定の裁量が認められるとき、処分庁が定めた裁量基準を手がかりにした裁量統制が行われる例が増えています。行政手続法は、申請に対する処分であれば審査基準、不利益処分であれば処分基準という手続的仕組みを定めていますが、多くの場合、審査基準ないし処分基準は、裁量基準と解釈されます。たとえば申請拒否処分であれば、審査基準に着目して処分庁の裁量判断の合理性を審査するという解釈手法を採ることになります。これは、実体上の違法=裁量権の逸脱・濫用の審査なのですが、その手がかりとして、行政手続法の定める審査基準・処分基準を用いることになります。

 また、行政裁量の司法審査の方法として、行政の意思決定プロセス(=判断過程)における考慮要素に着目し、その合理性を判定しようとする判断過程審査が主流となっています。これを用いるためには、考慮要素の抽出という解釈作業が不可欠なのですが、審査基準や処分基準が重要な手がかりになることは、すぐにイメージできるでしょう。このように、裁量審査の枠組みにおいて、行政手続法による手続的仕組みを利用する、いわばハイブリッド型の司法審査もあることに注意してほしいと思います。

 

先行行為の違法

 行政庁が行政処分をする際、それに先行して一定のプロセスが存在するのが普通です。

 上記のイメージで、法律が違憲無効である、行政基準たる法規命令が違法無効である、行政調査が違法である等々が認定できた場合に、行政処分が「違法」になるか、という問題があります。根拠規範である法律や法規命令が無効であれば、それに基づく行政処分も違法(ないし無効)となるのは一応明らかです。行政処分の前提となる行政調査に瑕疵があった場合の扱い方については、いくつかの考え方ができるでしょう。

 上記は、ある行政処分について、それに先行する行政プロセスを念頭に置いていますが、複数の行政処分が連続・連鎖して行政過程を形成することもしばしば見られます。この場合、個々の行政処分(2個の行政処分のみが連鎖する最もシンプルなケースを想定すれば、先行処分後行処分ということになります)ごとに公定力(取消訴訟の排他的管轄)が働くため、先行処分が仮に「違法」であっても、正式な手続によって取り消されていない限り、後行処分の取消訴訟において、裁判所はこれを「有効」と扱うのが原則だということになってしまいます。*5この結果、後行処分の取消訴訟において、先行処分が違法=無効であるという主張は取消しを求める原告にとって無意味ということになります。仮に先行行為が違法であると認定判断できても、裁判所は、先行行為を有効と扱うからです。この問題は、行政処分の取消訴訟における原告の主張制限(本案における取消事由の主張の制限)*6として整理することもできるし、行政処分の公定力という現象の一側面という見方もできます。

 しかし、判例は、上記の例外として、先行処分の違法につき後行処分の取消訴訟で主張することが許されるケースがあることを認めています。いわゆる「違法性の承継」と呼ばれる論点です。違法性の承継は、出訴期間の徒過などにより、先行処分の取消訴訟を提起できなくなった場合に*7、後行処分の取消訴訟で先行処分が違法であることを取消事由として主張する場合に、その可否というかたちで問題になります。

 違法性の承継に関するリーディングケースとして、最判平成21・12・17民集63巻10号2631頁(行政判例ノート5-7)があります。同判決では、①先行処分と後行処分が同一目的・同一効果を有するといえるか(同一目的・同一効果基準)、②先行処分の適否を争うための手続的保障が十分に与えられているか(手続的保障の程度)、③原告が後行行為まで待って争う判断をすることが不合理でないか(先行行為を争う切迫性)という3つの規範を示した上で、違法性の承継を肯定する判断をしました。この場合、先行処分の取消事由が認められれば、後行処分はその前提(たる先行処分)を欠くことになり、違法と判断されることになるでしょう。

 

おわりに

 今回は、取消訴訟の「本案」である行政処分の「違法」について、前提となることがらを整理しました。「違法」といっても、視点によって「諸相」があることがイメージできたと思います。次回以降、「行政裁量」と「行政手続」という、行政処分の「違法」を論じるために理解することが欠かせない重要論点について考えを深めてゆきます。それでは、今回もお読みいただいてどうもありがとうございました。

*1:シーズン1の連載の最後に、当連載の書籍化について、予告をさせていただきました。書籍化については、筆者が先頃まで勤務していた慶應義塾大学ロースクールをご縁とする「仲間」にも加わっていただき、鋭意準備を進めているところです。弘文堂のご厚意もあり、近いうちに具体的なお知らせができると思います。ご期待ください。

*2:もちろん、行政基準(法規命令、行政規則)、行政指導、行政契約、行政計画、行政調査など、行政処分以外の行為形式ごとに「違法」の問題が存在します。このように見てくると、行政法は、行政の行為形式ごとに「法による拘束」のあり方を分析的に考察する思考体系であることがよく解ります。

*3:法律による行政の原理(法律の法規創造力、法律の優位、法律の留保)それ自体についても、法源性の認められる法の一般原則であるという説明もできます。法律の留保について侵害留保説を採るなら、侵害留保原則違反で違法ということもできるでしょう。

*4:行政判例ノート296頁に参考として紹介しています。行政判例百選Ⅱ431頁には、村上裕章先生のわかりやすい解説があります。

*5:行政処分(行政行為)が連鎖する場合は、処分性のない行為(非行政処分たる行政決定)が先行する場合とは、問題状況が大きく異なることに注意しましょう。たとえば、行政処分に先行する法規命令が違法であるとして争いたいケースで、法規命令の処分性を否定すれば、行政処分の取消訴訟で法規命令の違法=無効を主張することは一般的に妨げられません。しかし、法規命令に処分性が認められるのであれば、違法であっても(取り消されない限り)有効となってしまうので、違法性の承継が肯定されなければ先行処分(たる法規命令)の違法を主張できなくなります。

*6:行政事件訴訟法10条1項が規定する「自己の法律上の利益に関係のない違法」の主張制限などと同じ事象ということになります。

*7:先行処分について取消訴訟を提起できるのであれば、それを提起して争えばよいだけですから(後行処分の取消訴訟について、関連請求として訴えを併合するのが普通だと思われます。行政事件訴訟法13条2号、同19条1項)。

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